・・・ お爺さんは何処からか釣針を探して来ました。それから細い竹を切って来まして、それで二本の釣竿を造りました。「針と竿が出来ました。今度は糸の番です。」とお爺さんは言って、栗の木に住む栗虫から糸を取りました。丁度お蚕さまのように、その栗・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
・・・そんなにも好きで無いのに、なぜ、わざわざ釣針を買い求め旅行先に持参してまで、釣を実行しなければならないのか。なんという事も無い、ただ、ただ、隠君子の心境を味わってみたいこころからである。 ことしの六月、鮎の解禁の日にも、佐野君は原稿用紙・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・そのときに始めて気のついたことは、この花のおしべが釣り針のように彎曲してその葯を花の奥のほうに向けていること、それからめしべの柱頭はおしべよりも長く外方に飛び出してしかもやはり同じように曲がっているということである。それで、虻が蜜汁をあさっ・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ 大して金儲けには関係はないが、『織留』の中にある猫の蚤取法や、咽喉にささった釣針を外ずす法なども独創的巧智の例として挙げたものと見られる。 それはとにかく西鶴のオリジナリティーの尊重の中にも、西鶴の中の科学的な要素の一つを認めるこ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・オランダ人で伝法肌といったような男がシェンケから大きな釣り針を借りて来てこれに肉片をさし、親指ほどの麻繩のさきに結びつけ、浮標にはライフブイを縛りつけて舷側から投げ込んだ。鱶はつい近くまで来てもいっこう気がつかないようなふうでゆうゆうと泳い・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・あるいはアイヌ「イオク」釣針で捕るすなわち釣魚の義か。サカイ語では「カドー」でこれが門谷のカドに関係するかもしれない。土佐 門狭ですなわち佐渡の狭門に同じく狭い海峡をはいって行く国だとの説がある。しかしアイヌで「ツサ」は袖の・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・誰も釣針を垂れないからこの堀には立派な鯉がいますよ、と或る人がいった。不幸なことに、彼女は鯉の洗いが大好きだ。「さあ、今晩は洗いに鯉こくよ」 絶大な希望で彼女は出かけるのだ。私は、羨みながら机の前に遺っている。よほどして、日によると・・・ 宮本百合子 「この夏」
出典:青空文庫