・・・父は永年国家とか会社銀行とかの理財事務にたずさわっていたけれども、筆算のことにかけては、極度に鈍重だった。そのために、自分の家の会計を調べる時でも、父はどうかするとちょっとした計算に半日もすわりこんで考えるような時があった。だから彼が赤面し・・・ 有島武郎 「親子」
・・・自分ながら持って生まれた怯懦と牛のような鈍重さとにあきれずにはいられない。けれども考えてみると、僕がここまで辿り着くのには、やはりこれだけの長い年月を費やす必要があったのだ。今から考えると、ようこそ中途半端で柄にもない飛び上がり方をしないで・・・ 有島武郎 「片信」
・・・どっちかといえば、内気な、鈍重な、感情を表面に表わすことをあまりしない、思想の上でも飛躍的な思想を表わさない性質で、色彩にすれば暗い色彩であると考えている。したがって境遇に反応してとっさに動くことができない。時々私は思いもよらないようなこと・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・ しかし、彼はすぐもとの、鈍重な、人の善さそうな顔になり、「肺やったら、石油を飲みなはれ。石油を……」 意外なことを言いだした。「えッ?」 と、訊きかえすと、「あんた、知りはれしまへんのんか。肺病に石油がよう効くとい・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・科白のまずいというのは、結局不勉強、仕事の投げやりに原因するのだろうが、一つには紋切型に頼っても平気だという彼等の鈍重な神経のせいであって、われわれが聴くに堪えぬエスプリのない科白を書いても結構流行劇作家で通り、流行シナリオ・ライターで通っ・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・妙なもので、あのように鈍重に見えていても、ものを食う時には実に素早いそうで、静かに瞑想にふけっている時でも自分の頭の側に他の動物が来ると、パッと頭を曲げて食いつく、是がどうも実に素早いものだそうで、話に聞いてさえ興醒めがするくらいで、突如と・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・首筋太く鈍重な、私はやはり百姓である。いったい東京で、どんな生活をして来たのだろう。ちっとも、あか抜けてやしないじゃないか。私は不思議な気がした。 そうして、或る眠られぬ一夜、自分の十五年間の都会生活に就いて考え、この際もういちど、私の・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・首がふとく、襟脚はいやに鈍重な感じで、顎の下に赤い吹出物の跡を三つも僕は見つけた。僕の目算では、身丈は五尺七寸、体重は十五貫、足袋は十一文、年齢は断じて三十まえだ。おう、だいじなことを言い忘れた。ひどい猫脊で、とんとせむし、――君、ちょっと・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・自分の鈍重な田舎っぺいを、明確に、思い知ったのは、つい最近の事なのですからね。もっとも今では、自分のこの野暮ったさを、そんなに恥じてもいませんけれど。 学生時代の写真は、この三枚だけです。この後の三、四年間の生活は滅茶苦茶で、写真をとっ・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・見よ、かの鈍重、牛の如き風貌を。 変れば変るものである。五十米レエスならば、まず今世紀、かれの記録を破るものはあるまい、とファン囁き、選手自身もひそかにそれを許していた、かの俊敏はやぶさの如き太宰治とやらいう若い作家の、これが再生の姿で・・・ 太宰治 「答案落第」
出典:青空文庫