・・・ その晩の夢の奇麗なことは、黄や緑の火が空で燃えたり、野原が一面黄金の草に変ったり、たくさんの小さな風車が蜂のようにかすかにうなって空中を飛んであるいたり、仁義をそなえた鷲の大臣が、銀色のマントをきらきら波立てて野原を見まわったり、ホモ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ 雪の峯は銀色で、今が一番高い所です。けれどもベン蛙とブン蛙とは、雲なんかは見ないでゴム靴ばかり見ているのでした。 そのとき向うの方から、一疋の美しいかえるの娘がはねて来てつゆくさの向うからはずかしそうに顔を出しました。「ルラさ・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ ただ一疋の鷹が銀色の羽をひるがえして、空の青光を咽喉一杯に呑みながら、東の方へ飛んで行くばかりです。みんなは又叫びました。「又三郎、又三郎、早ぐ此さ飛んで来。」 その時です。あのすきとおる沓とマントがギラッと白く光って、風の又・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ 一つ一つの葉が皆薄小豆色をして居て、ホッサリと、たわむ様にかたまった表面には、雨に濡れた鈍銀色と淡い淡い紫が漂って居る。 細い葉先に漸々とまって居る小さい水玉の光り。 葉の重り重りの作って居る薫わしい影。 口に云えない程の・・・ 宮本百合子 「雨が降って居る」
海辺の五時夕暮が 静かに迫る海辺の 五時白木の 質素な窓わくが室内に燦く電燈とかわたれの銀色に隈どられて不思議にも繊細な直線に見える。黝みそめた若松の梢にひそやかな濤のとどろきが通いもしよ・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・こんなに綺麗で、こんなに立派だったとは思いもかけず、左右についている銀色の燭台に蝋燭の灯をきらめかせて、何時間も何時間も、夜なかまで夢中になって鳴らしていた。 大きくなって見直せば、そのピアノは日露戦争の時分旅順あたりにあったものを持っ・・・ 宮本百合子 「親子一体の教育法」
・・・そして銀色に光る山の巓が一つ見え二つ見えて来た。フランツが二度目に出掛けた頃には、巓という巓が、藍色に晴れ渡った空にはっきりと画かれていた。そして断崖になって、山の骨のむき出されているあたりは、紫を帯びた紅ににおうのである。 フランツが・・・ 森鴎外 「木精」
・・・とある広い沼のはるか向うに、鷺が一羽おりていた。銀色に光る水が一筋うねっている側の黒ずんだ土の上に、鷺は綿を一つまみ投げたように見えている。ふと小姓の一人が、あれが撃てるだろうかと言い出したが、衆議は所詮打てぬということにきまった。甚五郎は・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・今年六十歳になる大夫の、朱を塗ったような顔は、額が広くあごが張って、髪も鬚も銀色に光っている。子供らは恐ろしいよりは不思議がって、じっとその顔を見ているのである。 大夫は言った。「買うて来た子供はそれか。いつも買う奴と違うて、何に使うて・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・海水は鈍い銀色の光を放っている。 己は帰って寝たが、夜どおしエルリングが事を思っていた。その犯罪、その生涯の事を思ったのである。 丁度浮木が波に弄ばれて漂い寄るように、あの男はいつかこの僻遠の境に来て、漁師をしたか、農夫をしたか知ら・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫