・・・ 突然横槍を入れたのは、飯沼という銀行の支店長だった。「河岸を変えた? なぜ?」「君がつれて行った時なんだろう、和田がその芸者に遇ったというのは?」「早まっちゃいけない。誰が和田なんぞをつれて行くもんか。――」 藤井は昂・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・「ちょいと銀行へ行って来る。――ああ、下に浅川の叔母さんが来ているぜ。」 賢造の姿が隠れると、洋一には外の雨の音が、急に高くなったような心もちがした。愚図愚図している場合じゃない――そんな事もはっきり感じられた。彼はすぐに立ち上ると・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 父はすぐそばでこう言った。銀行から歳暮によこす皮表紙の懐中手帳に、細手の鉛筆に舌の先の湿りをくれては、丹念に何か書きこんでいた。スコッチの旅行服の襟が首から離れるほど胸を落として、一心不乱に考えごとをしながらも、気ぜわしなくこんな注意・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 台湾の旦那から送って来て、ちょうどその朝銀行で請取っておいでなすったという、ズッシリと重いのが百円ずつで都合五枚。 お手箪笥の抽斗から厚紙に包んだのをお出しなすって、私に頂かして下さいました。 両手に据えて拝見をいたしましたが・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・大阪は安井銀行、第三蔵庫の担保品。今度、同銀行蔵掃除について払下げに相成ったを、当商会において一手販売をする、抵当流れの安価な煙草じゃ、喫んで芳ゅう、香味、口中に遍うしてしかしてそのいささかも脂が無い。私は痰持じゃが、」 と空咳を三ツば・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 住職の知り合いで、ある小銀行の役員をつとめている田島というものも、また、吉弥に熱くなっていることは、住職から聴いて知っていたが、この方に対しては別に心配するほどのこともないと見たから、僕も眼中に置かなかった。吉弥を通じて僕に会いたいと・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「あの銀行はこの頃ややこしい」「あの二人の仲はややこしい仲や」「あの道はややこしい」「玉ノ井テややこしいとこやなア」「ややこしい芝居や」 みんな意味が違うのだ。そしてその意味を他の言葉で説明する事は出来ないのだ。・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・僕は生れてから今日まで、銀行へ金を預けたためしはないんだ。銀行へ預ける身分になりたいとは女房の生涯の願いだったが、遂に銀行の通帳も見ずに死んでしまったよ」「ふーん」 私は半信半疑だったが、「――二千円で何を買ったんだ」「煙草・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・土蔵作りの銀行。寺の屋根。そしてそこここ、西洋菓子の間に詰めてあるカンナ屑めいて、緑色の植物が家々の間から萌え出ている。ある家の裏には芭蕉の葉が垂れている。糸杉の巻きあがった葉も見える。重ね綿のような恰好に刈られた松も見える。みな黝んだ下葉・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 二 お茶の水から本郷へ出るまでの間に人が三人まで雪で辷った。銀行へ着いた時分には自分もかなり不機嫌になってしまっていた。赤く焼けている瓦斯煖炉の上へ濡れて重くなった下駄をやりながら自分は係りが名前を呼ぶのを待ってい・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
出典:青空文庫