・・・ 田口一等卒は銃剣をつけると、まず辮髪を解き放した。それから銃を構えたまま、年下の男の後に立った。が、彼等を突殺す前に、殺すと云う事だけは告げたいと思った。「ニイ、――」 彼はそう云って見たが、「殺す」と云う支那語を知らなかった・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・彼はたった一人の見送人である私を待ち焦れながら、雨の土砂降の中を銃剣を構えて、見張りの眼をピカピカ光らせていたのだ。言葉少く顔見合せながら、私達のお互いの心には瞬間、温く通うものがあった。眼の奥が熱くなった。 やがて、ラッパが鳴り響いた・・・ 織田作之助 「面会」
・・・「場合によっては銃剣をさしつけてもかまわん。あいつが、パルチザンと策応して、わざと道を迷わしとるのかもしれん。それをよく監視せにゃいかんぞ!」「はい。」 松木は、若し交代さして貰えるかと、ひそかにそんなことをあてにして、暫らく中隊長・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 彼等の銃剣は、知らず知らず、彼等をシベリアへよこした者の手先になって、彼等を無謀に酷使した近松少佐の胸に向って、奔放に惨酷に集中して行った。 雪の曠野は、大洋のようにはてしなかった。 山が雪に包まれて遠くに存在している。しかし・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・栗本は自分が銃剣でロシア人を突きさしたことを軽蔑していると、感じた。「人を殺すんがなに珍しいんだ! 俺等は、二年間×××の方法を教えこまれて、人を殺しにやって来てるんじゃないか!」 反感をなお強めながら、彼は、小屋の床をドシンドシン・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・労働者農民及び多くの、所謂敵国に向って銃剣を取っていた××を××し、その銃剣のきっさきを、×××、××××××に向けさせる――そういうことを文学の持つありったけの宣伝、××をつくしてその影響を確保拡大することが必要である。 ・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・またある時は、癪に障る中尉に銃剣をさし向けた。しかし、そういう反抗も、その経験を繰返えすに従って、一部の兵卒の気まぐれなやり方では、あまりに効果が薄いことを克明に知るばかりだった。 三 寒暖計の水銀が収縮してきた。・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・夜があけると苦力は俺たちの銃剣を見てビクビクしだした。「なんだい! こんな苦力の番が何で必要があるんだい!」 俺は吐き出した。 少尉はしばらく俺を睨みつけていた。そしてとうとう彼は云った。「じゃ、君は帰ってよろしい!」「・・・ 黒島伝治 「防備隊」
・・・ 豪胆で殺伐なことが好きで、よく銃剣を振るって、露西亜人を斬りつけ、相手がない時には、野にさまよっている牛や豚を突き殺して、面白がっていた、鼻の下に、ちょんびり髭を置いている屋島という男があった。「こういうこた、内地へ帰っちゃとても・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・柔道五段、剣道七段、あるいは弓術でも、からて術でも、銃剣術でも、何でもよいが、二段か三段くらいでは、まだ心細い。すくなくとも、五段以上でなければいけない。愚かな意見とお思いの方もあるだろうが、たとい国の平和な時でも、男子は常に武術の練磨に励・・・ 太宰治 「花吹雪」
出典:青空文庫