・・・最後にどちらも好い体で長命の相を具えています。いずれは御両人とも年をとると、佐佐木君は頤に髯をはやし、小島君は総入れ歯をし、「どうも当節の青年は」などと話し合うことだろうと思います。そんな事を考えると、不愉快に日を暮らしながらも、ちょっと明・・・ 芥川竜之介 「剛才人と柔才人と」
・・・はこの「お師匠さん」の酒の上の悪かったのを覚えている。また小さい借家にいても、二、三坪の庭に植木屋を入れ、冬などは実を持った青木の下に枯れ松葉を敷かせたのを覚えている。 この「お師匠さん」は長命だった。なんでも晩年味噌を買いに行き、雪上・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・何しろ『富貴長命』と言うんだからね。人間の最上の理想物だと言うんだ。――君もこの信玄袋を背負って帰るんだから、まあ幸福者だろうてんでね、ハハハ」 惣治にはおかしくもなかった。相変らずあんなことばかし言って、ふわふわしているのだろうという・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ ところで私のように長い病気で久しく仕事をしないで生きているものはそれではその逆で自然が仕事が出来るまで長命さして呉れるだろうか、あるいはながいき出来そうな気もする。これまでの仕事には、まだ自分が三分くらいしか出せていなかった気もする。・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・曾祖母も祖母も母も、みなそれぞれの夫よりも長命である。曾祖母は、私の十になる頃まで生きていた。祖母は、九十歳で未だに達者である。母は七十歳まで生きて、先年なくなった。女たちは、みなたいへんにお寺が好きであった。殊にも祖母の信仰は異常といって・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・すなわち前にいえるごとく、父母の大病に一日の長命を祈るものに異ならず。かくありてこそ瘠我慢の主義も全きものというべけれ。 然るに彼の講和論者たる勝安房氏の輩は、幕府の武士用うべからずといい、薩長兵の鋒敵すべからずといい、社会の安寧害すべ・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
母かたの祖母も父かたの祖母も長命な人たちであった。いずれも九十歳近くまで存生であったから、総領の孫娘である私は二人のおばあさんから、よく様々の昔話をきいた。母方の祖父も父方の祖父も、私が三つぐらいのとき既に没して、いずれも・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
出典:青空文庫