・・・は生れぬものとすれば、そういう詩、そういう文学は、我々――少くとも私のように、健康と長寿とを欲し、自己及自己の生活を出来るだけ改善しようとしている者に取っては、無暗に強烈な酒、路上ででも交接を遂げたそうな顔をしている女、などと共に、全然不必・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・「恐らく不老長寿の薬になる――近頃はやる、性の補強剤に効能の増ること万々だろう。」「そうでしょうか。」 その頬が、白く、涼しい。「見せろよ。」 低い声の澄んだ調子で、「ほほほ。」 と莞爾。 その口許の左へ軽く・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・此地には長寿の人他処に比べて多く、女も此地生れなるは品よくして色麗わしく、心ざま言葉つきも優しき方なるが多きよし、気候水土の美なればなるべし。上陸して逍遥したきは山々なれど雨に妨げられて舟を出でず。やがてまた吹き来し強き順風に乗じて船此地を・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・太政大臣公相は外法のために生首を取られたが、この人は天文から文禄へかけての恐ろしい世に何の不幸にも遭わないで、無事に九十歳の長寿を得て、めでたく終ったのである。それは名高い関白兼実の後の九条植通、玖山公といわれた人である。 植通公の若い・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・わたくしは、はじめよりそれをのぞまないのである。わたくしは、長寿かならずしも幸福ではなく、幸福はただ自己の満足をもって生死するにありと信じていた。もしまた人生に、社会的価値とも名づけるべきものがあるとすれば、それは、長寿にあるのではなくて、・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 否な、私は初めより其を望まないのである、私は長寿必しも幸福ではなく、幸福は唯だ自己の満足を以て生死するに在りと信じて居た、若し、又人生に社会的価値とも名づくべきもの之れ有りとせば、其は長寿に在るのではなくて、其人格と事業とが四囲及び後・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・おのれの才能にも、学殖にも絶望した一人の貧しい作家は、いまは、すべてをあきらめて、せめて長寿に依って、なんとか補いをつけようと心ひそかに健康法を案じている様子である。「しかしなんといっても、」とゲエテは、エッケルマン氏に溜息ついて結論を申し・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 昔から、粗食が長寿の一法だとの説がある。これは考えてみると我がM君の説を裏側から云ったもののように思われて来る。一体普通の道理から云うと年をとればうまいものを喰って栄養をよくした方がよさそうに思われるが、うまいものはついつい喰い過ぎる・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・が長いのであったら、必ずしも長寿とは言われないかもしれない。「秒」の長さは必ずしも身長だけでは計られないであろう。うさぎと亀とでは身長は亀のほうが小さくても「秒」の長さは亀のほうが長いであろう。すると、どちらが長寿だか、これもわからない・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・の処方、『織留』の中に披露された「長寿法」の講習にも、その他到る処に彼一流の唯物論的処世観といったようなものが織り込まれている。 これらは、西鶴一流とは云うものの、当時の日本人、ことに町人の間に瀰漫していて、しかも意識されてはいなかった・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
出典:青空文庫