・・・立花は夢心地にも、何等か意味ありげに見て取ったので、つかつかと靴を近けて差覗いたが、ものの影を見るごとき、四辺は、針の長短と位地を分ち得るまでではないのに、判然と時間が分った。しかも九時半の処を指して、時計は死んでいるのであるが、鮮明にその・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・樹から湧こうが、葉から降ろうが、四人の赤い子供を連れた、その意匠、右の趣向の、ちんどん屋……と奥筋でも称うるかどうかは知らない、一種広告隊の、林道を穿って、赤五点、赤長短、赤大小、点々として顕われたものであろう、と思ったと言うのである。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ですからその魚のあごは、今だに長短かになっています。 ウイリイはその鍵を受取って、王女に知られないようにかくしておきました。 船は長い間かかってようようもとの港へ着きました。 王さまは王女をごらんになって、大へんにおよろこびにな・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ 夕なぎの継続時間の長短はいろいろな事情にもよるが海岸からの距離がおもな因子になる。すなわち海岸から遠くなるほどなぎが長くなるわけである。 東京では、夏の暑い盛りに天気のいい日だと夕方涼しい南がかった風が吹くので、瀬戸内海地方のよう・・・ 寺田寅彦 「海陸風と夕なぎ」
・・・ とにかく、見る眼の相違で同じものの長短遠近がいろいろになったり、二本の棒切れのどちらが定規でどちらが杓子だか分らなくなったりするためにこの世の中に喧嘩が絶えない。しかし、またそのおかげで科学が栄え文学が賑わうばかりでなく、批評家といっ・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・の「事」をしたことである。人間の人間的活動をそれだけ多くしたという事である。換言するとそれだけ多く「生きた」ということである。 こう考えて来るとわれわれの「寿命」すなわち「生きる期間」の長短を測る単位はわれわれの身体の固有振動週期だとい・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・その長短がいろいろの偶然的なコンビネーションで起るのが先ず面白かった。それから五つの煙の塊が空中に描く屈曲した線が色々の星座のような形をして、またそれが垂直に近くなったり、水平に近く出たり、あるいは色々な角度に傾斜するのも面白かった。それら・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・しかしここで誤解してならない事は、乗客がこれらの長短間隔のいずれに遭遇する機会が多いかという問題となると、これは別物になるのである。この点を明らかにするには、各間隔の回数に、その間隔の時間を乗じた積の和を比較してみなければならない。今試みに・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・これはただ通俗的な譬喩に過ぎないが、とにかく心理的に感ずる時の長短が人間自身ならびに周囲の物質的エントロピーの増加の多少と、いくぶんか相応じるように見えるのは興味のある事である。冬眠の状態にある蛙が半年の間に増大させるエントロピーの量は、覚・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
幼い時に両親に連れられてした長短色々の旅は別として、自分で本当の意味での初旅をしたのは中学時代の後半、しかも日清戦争前であったと思うから、たぶん明治二十六年の冬の休暇で、それも押詰まった年の暮であったと思う。自分よりは一つ・・・ 寺田寅彦 「初旅」
出典:青空文庫