・・・講談倶楽部の新年附録、全国長者番附を見たが、僕の家も、君の家も、きれいに姿を消して居る。いやだね。君の家が、百五十万、僕のが百十万。去年までは確かにその辺だった。毎年、僕は、あれを覗いて、親爺が金ない金ない、と言っても安心していたのだが、こ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・A氏は、島一ばんの長者で、そうして詩など作って、謂わば島の王様のようにゆったりと暮している人で、この旅行も、そのA氏の招待だったのです。私たち一行は、この時はずいぶんお世話になりました。筆不精の私は、未だにお礼状も何も差し上げていない仕末で・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・これ、しかしながら、天賦の長者のそれに比し、かならず、第二流なり。」 定理 苦しみ多ければ、それだけ、報いられるところ少し。 わが終生の祈願 天にもとどろきわたるほどの、明朗きわまりなき出世美・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・で三万両を儲けた話には「いかにはんじやうの所なればとて常のはたらきにて長者には成がたし」などと云っている。どんな行きつまった世の中でもオリジナルなアイディアさえあればいくらでも金儲けの道はあるというのが現代のヤンキー商人のモットーであるが、・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・引用された大福長者の言葉は現代の百万長者でもおそらく云うことであろうし、金持になりたい人々の参考すべき「何とか押切帖」の類であろうが、またこれに対する著者の評は、金のたまらぬ人間の安心立命の考え方を示すものである。 酒飲む人のだらしのな・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・いつごろそんな商売をやりだしたか知らなかったが、今でも長者のような気持でいるおひろたちの母親は、口の嗜好などのおごったお上品なお婆さんであった。時代の空気の流れないこの町のなかでも、こんな人はまた珍らしかった。小柄なおひろはもう三十ぐらいに・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ずるところあるべきは自然の理にして、農商の事に長ずるものあり、工芸技術に長ずるものあり、あるいは学問に長じ、あるいは政治に長ずる等、相互に争うべからざるものあるがゆえに、この事に長ずるものは、この事の長者としてこれを貴び、その業に長ずる者は・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・一 女子の徳育には相当の書籍もある可し、父母長者の物語もある可しと雖も、書籍読むよりも物語聞くよりも、更に手近くして有力なる教は父母の行状に在り。徳教は耳より入らずして目より入るとは我輩の常に唱うる所にして、之を等閑にす可らず。父母の品・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 今試みに社会の表面に立つ長者にして子弟を警め、汝は不遜なり、なにゆえに長者につかえざるや、なにゆえに尊きを尊ばざるや、近時の新説を説きて漫に政治を談ずるが如きは、軽躁のはなはだしきものなりと咎めたらば、少年はすなわちいわん。君は前年な・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・いわんや一国中になお幾多の小区域を分ち、毎区の人民おのおの一個の長者を戴てこれに服従するのみか、つねに隣区と競争して利害を殊にするにおいてをや。 すべてこれ人間の私情に生じたることにして天然の公道にあらずといえども、開闢以来今日に至るま・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
出典:青空文庫