・・・じゃ明日いらっしゃい。それまでに占って置いて上げますから」「そうか。じゃ間違いのないように、――」 印度人の婆さんは、得意そうに胸を反らせました。「私の占いは五十年来、一度も外れたことはないのですよ。何しろ私のはアグニの神が、御・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・「二三日は間違いあるまいって云った。」「怪しいな。戸沢さんの云う事じゃ――」 今度は慎太郎が返事せずに、煙草の灰を火鉢へ落していた。「慎ちゃん。さっきお前が帰って来た時、お母さんは何とか云ったかえ?」「何とも云いませんで・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・彼の来るのを待って箸を取らないのだと思ったのは間違いらしかった。 矢部は彼が部屋にはいって来るのを見ると、よけい顔色を険しくした。そしてとうとうたまりかねたようにその眇眼で父をにらむようにしながら、「せっかくのおすすめではございます・・・ 有島武郎 「親子」
・・・相違はどうして起こってきたかと考えてみると、それはもちろん私の父の勤労や投入資金の利子やが計上された結果として、価格の高まったことになったには違いありませんが、そればかりが唯一の原因と考えるのは大きな間違いであって、外界の事情が進むに従って・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・ そこでしばらく立って読んで見ていると、校正の間違いなども大分あるようだから、旁々ここに二度の勤めをするこの小説の由来も聞いてみたし、といって、まだ新聞社に出入ったことがないので、一向に様子もわからず、遠慮がち臆病がちに社に入って見ると・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・内のはいっこくで、気が強いんでござんすから、知らない方をこうやって、また間違いにでもなると不可ません、ようござんすか。」 と茶碗に堆く装ったのである。 その時、間の四隅を籠めて、真中処に、のッしりと大胡坐でいたが、足を向うざまに突き・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・親がいつまでも物の解ったつもりで居るが、大へんな間違いであった。自分は阿弥陀様におすがり申して救うて頂く外に助かる道はない。政夫や、お前は体を大事にしてくれ。思えば民子はなが年の間にもついぞ私にさからったことはなかった、おとなしい児であった・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・また間違いの起こらぬうちに早くというような事をちらと聞きました、なんという情けない事でしょう。省さんが一人の時分にはわたしに相手があり、わたしが一人になれば省さんに相手がある、今度ようやく二人がこうと思えば、すぐにわたしの縁談、わたしは身も・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・私自身の経験によっても私は文天祥がドウ書いたか、白楽天がドウ書いたかと思っていろいろ調べてしかる後に書いた文よりも、自分が心のありのままに、仮名の間違いがあろうが、文法に合うまいが、かまわないで書いた文の方が私が見ても一番良い文章であって、・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・その信念には、間違いがない筈であった。自然は美しく、大空はかくの如く自由であると考えた。思想は、やはり永久に、変るところがない、正しい思想でなければならないのだ。 人間を絶望せしめ、憂鬱ならしめ、人生に対し、社会に対して、疑いを抱かしめ・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
出典:青空文庫