・・・ 五月にはいってから防火演習や防空演習などがにぎにぎしく行なわれる。結構な事であるが、火事よりも空軍よりも数百層倍恐ろしいはずの未来の全日本的地震、五六大都市を一なぎにするかもしれない大規模地震に対する防備の予行演習をやるようなうわさは・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・そうしてその中に集積される材料にはことごとく防火剤が施されていたもののようである。 いずれにしても無批判的な多読が人間の頭を空虚にするのは周知の事実である。書物のなかったあるいは少なかった時代の人間のほうがはるかに利口であったような気も・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・代に多大の犠牲を払って修得した火事教育をきれいに忘れてしまって、消防の事は警察の手にさえ任せておけばそれで永久に安心であると思い込み、警察のほうでもまたそうとばかり信じ切っていたために市民の手からその防火の能力を没収してしまった。そのために・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・東京の都市は王政復古の後早くも六十年の星霜を閲しながら、猶防火衛生の如き必須の設備すら完成することが出来ずにいる。都市のことを言うに臨んで公園の如き閑地の体裁について多言を費すのは迂愚の甚しきものであろう。昭和二年六月記・・・ 永井荷風 「上野」
・・・路から見えたら下りるだけだ。防火線もずうっとうしろになった。〔あれが小桜山だろう。〕けわしい二つの稜を持ち、暗くて雲かげにいる。少し名前に合わない。けれどもどこかしんとして春の底の樺の木の気分はあるけれどもそれは偶然性だ。よくわからない・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・わたしたちが飢じく寒いからと言って、一部の人間だけは飽食して、他の大多数の人間に食物のない社会状態を、まともなものとして、肯定するひとがあるだろうか、火事がこんなに多い日本だからと言って、消火と防火の意味を否定するひとがあるだろうか。 ・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・というものについて考えて見よう。防火壁という場合、それはその壁自体が火をうけ、やけこげ、最後にやけくずれても、その奥に建てられた家を、火から守りとおすところに意味がある。ある国にとって、一つの国が平和の防壁として存在するということの現実もそ・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
出典:青空文庫