・・・ ――――――――――――――――――――――――― 十分ほど前、何小二は仲間の騎兵と一しょに、味方の陣地から川一つ隔てた、小さな村の方へ偵察に行く途中、黄いろくなりかけた高粱の畑の中で、突然一隊の日本騎兵と遭遇・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ 何時間かの後、この歩兵陣地の上には、もう彼我の砲弾が、凄まじい唸りを飛ばせていた。目の前に聳えた松樹山の山腹にも、李家屯の我海軍砲は、幾たびか黄色い土煙を揚げた。その土煙の舞い上る合間に、薄紫の光が迸るのも、昼だけに、一層悲壮だった。・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・敵の大将は身を躱すと、一散に陣地へ逃げこもうとした。保吉はそれへ追いすがった。と思うと石に躓いたのか、仰向けにそこへ転んでしまった。同時にまた勇ましい空想も石鹸玉のように消えてしまった。もう彼は光栄に満ちた一瞬間前の地雷火ではない。顔は一面・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 半分かしげた首で、すぐうなずいたが、急にぱっと眼を輝かせると、「あッ、高射砲陣地、想い出しましたわ。あなたは……」 彼女は「妻を娶らば才たけて、みめ美わしく情けあり、友を選ばば書を読みて、六分の侠気、四分の熱……」という歌を歌・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・そして、ソヴェート同盟の国境にむかっての陣地を拡げた。これは、もう、人の知る通りである。 ところで、それ以前、約二週間中隊は、支那部落で、獲物をねらう禿鷹のように宿営をつゞけていた。 その間、兵士達は、意識的に、戦争を忘れてケロリと・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・完璧の瞞着の陣地も、今は破れかけた。死ぬ時が来た、と思った。私は三月中旬、ひとりで鎌倉へ行った。昭和十年である。私は鎌倉の山で縊死を企てた。 やはり鎌倉の、海に飛び込んで騒ぎを起してから、五年目の事である。私は泳げるので、海で死ぬのは、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・第三聯隊の砲車が先に出て陣地を占領してしまわなければ明日の戦いはできなかったのだ。そして終夜働いて、翌日はあの戦争。敵の砲弾、味方の砲弾がぐんぐんと厭な音を立てて頭の上を鳴って通った。九十度近い暑い日が脳天からじりじりと照りつけた。四時過ぎ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・三人はしまりのない山の中でもひとりでに範囲をきめて遊び、さがしたり、つかまえたりするのにこわいようなところまで陣地をひろげることはしなかった。はじめの二三歩は、小さい弟の手をひくようにして走ったが、四つ年上のわたしは、じき自分の走る面白さに・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・も若い、しかしながらその価値は滅すべくもない経験の慎重な発展的吟味のかわりに、敗北と誤謬とを単純に同一視し、ある人々は自分自身が辛苦した経験であるにかかわらず、男女の問題、家庭についての認識など、全く陣地を放棄して、旧い館へ、今度は紛うかた・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
出典:青空文庫