・・・そういう人をして己を捨てなければ立ち行かぬように強いたりまたは否応なしに天然を枉げさせたりするのは、まずその人を殺すと同じ結果に陥るのです。私は新聞に関係がありますが、幸にして社主からしてモッと売れ口のよいような小説を書けとか、あるいはモッ・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・又国内思想指導の方針としては、較もすれば党派的に陥る全体主義ではなくして、何処までも公明正大なる君民一体、万民翼賛の皇道でなければならない。 以上は私が国策研究会の求に応じて、世界新秩序の問題について話した所の趣旨である。各国家・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・直覚の形式を離れて推論式的に実在を考えることが、超越的弁証法の虚偽に陥ることである。それは主語的論理そのものの自己矛盾である。そこで実在そのものの意義が変ぜられねばならない。いわゆる認識主観の綜合統一によって構成せられたものが客観的実在であ・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・ 安岡は、ふだん臆病そうに見える深谷が、グウグウ眠るのに腹を立てながら、十一時にもなれば眠りに陥ることができた。 セコチャンが溺死して、一週間目の晩であった。安岡はガサガサと寝返りを三時間も打ち続けたあげく、眠りかけていた。が、まだ・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・既に温良恭謙柔和忍辱の教に瞑眩すれば、一切万事控目になりて人生活動の機を失い、言う可きを言わず、為す可きを為さず、聴く可きを聴かず、知る可きを知らずして、遂に男子の為めに侮辱せられ玩弄せらるゝの害毒に陥ることなきを期す可らず。故に此一章の文・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・蓋し廃藩以来、士民が適として帰するところを失い、或はこれがためその品行を破て自暴自棄の境界にも陥るべきところへ、いやしくも肉体以上の心を養い、不覊独立の景影だにも論ずべき場所として学校の設あれば、その状、恰も暗黒の夜に一点の星を見るがごとく・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・前にいえる如く、少年輩がややもすれば経世の議論を吐き、あるいは流行の政談に奔走して、無益に心身を労し、はなはだしきは国安妨害の弊に陥るが如きは、元とその輩の無勘弁なるがためなり。その無勘弁の原因は何ぞや。真成の経世論を知らざるがためなり。詭・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・ 本当の民主の生活とそのこころが身につけば、地方が所謂地方主義に陥ることもなくなって来る。自分の地方だけの独特性、その価値、その主張を固執する心理の原因は、一方に単調な、画一な中央主義がある場合である。このいずれも亦、十分の民主化のない・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・その後、一二度ためして見て疲労の一定の限度までは、音は正しく聴かれ、音楽として味わうことができるが、疲れがそれ以上になると、少くとも私は音楽に無反応に陥るらしいのである。 この音楽的音についての自身の経験は前にいった色彩の感覚と疲労との・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・心持がああいう状態だとそういう消極な考え方にきっと陥るのです。富雄さんには小包を送りました。うちの廊下の衣紋竿には国男さんの冬のトンビがかかっていて、いつの夜中にでもそれ! と言って出掛けられるようにしてありますが、赤ちゃんは悠々としていま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫