いつぞや上野の博物館で、明治初期の文明に関する展覧会が開かれていた時の事である。ある曇った日の午後、私はその展覧会の各室を一々叮嚀に見て歩いて、ようやく当時の版画が陳列されている、最後の一室へはいった時、そこの硝子戸棚の前・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・が、今田代君が見せてくれたのは、その麻利耶観音の中でも、博物館の陳列室や世間普通の蒐収家のキャビネットにあるようなものではない。第一これは顔を除いて、他はことごとく黒檀を刻んだ、一尺ばかりの立像である。のみならず頸のまわりへ懸けた十字架形の・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・過去の廊下には薄暗い中にさまざまの正義が陳列してある。青竜刀に似ているのは儒教の教える正義であろう。騎士の槍に似ているのは基督教の教える正義であろう。此処に太い棍棒がある。これは社会主義者の正義であろう。彼処に房のついた長剣がある。あれは国・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・服部長八の漆喰細工の肖像館という見世物に陳列された椿岳の浮雕塑像はこの写真から取ったのであった。 椿岳は着物ばかりでなく、そこらで売ってる仕入物が何でも嫌いで皆手細工であった。紙入や銭入も決して袋物屋の出来合を使わないで、手近にあり合せ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ だが、鴎外時代になってから目に見えない改革が実現された。陳列換えは前総長時代からの予ての計画で、鴎外の発案ではなかったともいうし、刮目すべきほどの入換えでもなかったが、左に右く鴎外が就任すると即時に断行された。研究報告書は経費の都合上・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 世の中には行詰った生活とか生の悶えとか言うヴォヤビュラリーをのみ陳列して生活の苦痛を叫んでるものは多いが、その大多数は自己一身に対しては満足して蝸殻の小天地に安息しておる。懐疑といい疑惑というもその議論は総てドグマの城壁を固めて而して・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・店の入口にガラス張りの陳列窓があり、そこに古びた阿多福人形が坐っている。恐らく徳川時代からそこに座っているのであろう。不気味に燻んでちょこんと窮屈そうに坐っている。そして、休む暇もなく愛嬌を振りまいている。その横に「めをとぜんざい」と書いた・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・パン屋の陳列ガラスの中には五つ六つのパンがさびしく転っていた。「電気マッサージ」と書いた看板の上に赤い軒燈があった。ひらいた窓格子から貧しい内部が覗けるような薄汚い家が並び、小屋根には小さな植木鉢の台がつくってあったりして、なにか安心のでき・・・ 織田作之助 「道」
・・・襷がけでこそこそ陳列棚の拭き掃除をしている柳吉の姿は見ようによっては、随分男らしくもなかったが、女たちはいずれも感心し、維康さんも慾が出るとなかなかの働き者だと思った。 開店の朝、向う鉢巻でもしたい気持で蝶子は店の間に坐っていた。午頃、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・今日までの代の変遷を見せる一種の展覧会、とでも言ったような具合に、あるいは人間の無益な努力、徒に流した涙、滅びて行く名――そういうものが雑然陳列してあるかのように見えた。諸方の店頭には立て素見している人々もある。こういう向の雑書を猟ることは・・・ 島崎藤村 「並木」
出典:青空文庫