・・・ 吉助「べれんの国の御若君、えす・きりすと様、並に隣国の御息女、さんた・まりや様でござる。」 奉行「そのものどもはいかなる姿を致して居るぞ。」 吉助「われら夢に見奉るえす・きりすと様は、紫の大振袖を召させ給うた、美しい若衆の御姿・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・その卵が川に流されて、隣国の王に育てられる。卵から生れた五百人の力士は、母とも知らない蓮華夫人の城を攻めに向って来る。蓮華夫人はそれを聞くと、城の上の楼に登って、「私はお前たち五百人の母だ。その証拠はここにある。」と云う。そうして乳を出しな・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・ 松任にて、いずれも売競うなかに、何某というあんころ、隣国他郷にもその名聞ゆ。ひとりその店にて製する餡、乾かず、湿らず、土用の中にても久しきに堪えて、その質を変えず、格別の風味なり。其家のなにがし、遠き昔なりけん、村隣りに尋ぬるものあり・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 真偽のほどは知らないが、おなじ城下を東へ寄った隣国へ越る山の尾根の談義所村というのに、富樫があとを追って、つくり山伏の一行に杯を勧めた時、武蔵坊が鳴るは滝の水、日は照れども絶えずと、謡ったと伝うる(鳴小さな滝の名所があるのに対して、こ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・それを越すと隣国への近路ながら、人界との境を隔つ、自然のお関所のように土地の人は思うのである。 この辺からは、峰の松に遮られるから、その姿は見えぬ。最っと乾の位置で、町端の方へ退ると、近山の背後に海がありそうな雲を隔てて、山の形が歴然と・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・演劇は昨日楽になって、座の中には、直ぐに次興行の隣国へ、早く先乗をしたのが多い。が、地方としては、これまで経歴ったそこかしこより、観光に価値する名所が夥い、と聞いて、中二日ばかりの休暇を、紫玉はこの土地に居残った。そして、旅宿に二人附添った・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ この騒ぎは――さあ、それから多日、四方、隣国、八方へ、大波を打ったろうが、――三年の間、かたい慎み―― だッてね、お京さんが、その女の事については、当分、口へ出してうわささえしなければ、また私にも、話さえさせなかったよ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・もしこれがアイヌだとすると、隣国讃岐は「サンノッケウ」すなわち顎であろう。能登がアイヌの「ノト」頤である事は多くの人が信じている。坪井博士の説ではトサはやはりチャム系の言葉で雨嵐の国だそうである。これだとあまり有難くない国である。・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・それは辰之助が今は隣国で廓のお師匠さんをしている、お絹のすぐ次ぎの妹のお芳と関係していた時分からのことであった。二人のあいだには子まであった。お芳は一度は辰之助の家へ入ったけれど、母親との折合いがつかなかったので、やがて二度の勤めをするよう・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・他なし、隣国を貧にして自から富むの手段のみ。 かくの如きはすなわち、日耳曼の人民は隣人の貧困をみて愉快を覚ゆる者ならん。けだし今の世界各国の人民は、自から安楽を知りて他の不幸を知らざる者なり。一国内形体の安全を求めて、国外の安全に愉快を・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
出典:青空文庫