・・・そういう場合隣席の人が少しばかり身動きをしてくれると、自然に相互のからだがなじみ合い折り合って楽になる。しかし人によると妙にしゃちこばって土偶か木像のように硬直して動かないのがある。 こういう人はたぶん出世のできない人であろうと思う。・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・地理教室の図書の管理をしていた、オットー・バシンという人も同じ仲間であったがこの人は聴講に身が入って来ると引切りなしに肩から腕を妙に大業に痙攣させるので、隣席に坐るとそれが気になって困った。あんまり勉強し過ぎて神経を痛めているのではないかと・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・またある時は若い婦人に扮装して午餐会に現われ、父の隣席に坐って一座を驚かせた。 いよいよ Cambridge に入った。貴族の子弟であるので、Fellow Commoner として入学した。しかし極めて質素な生活をしていた。ここで有名な・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・ 直接この話と関係はないが、先達て汽車の中で隣席の男が大きな声で、いやア、あの男はやりおる。何しろ君、工場の主だった者あ毎晩のように芸者買いさせとるんだから、と云った。するとその連れが、疑わしげにニヤニヤしながら、土台本人が好きなのさ、・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・そしたら婦人席のわきにいた守衛の一人が、手洗いに立つならば今のうちに、という意味をいったそうで、数人が立ち、隣席の三人づれも立った。程なく三人の別な女のひとが来て、そこは先着の人がいますというのもかまわず上の守衛がいいといった、出た人には代・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・ 隣席に一青年在り。サンデー毎日らしいものの小説を読む。ただ読むのではない。色鉛筆を片手に、無駄と思うところ数行ぐるりとしるしをつけ、校正のようにトルと記入し、よいと思うところには傍線を附す。至極深刻な表情を保って居る。 修善寺より・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・ 日が落ちて部屋の灯が庭に射すころ、会の一人が隣席のものと囁き交しながら、庭のま垣の外を見詰めていた。垣裾へ忍びよる憲兵の足音を聞きつけたからだった。主宰者が憲兵を中へ招じ入れたものか、どうしたものかと栖方に相談した。「いや、入れち・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫