・・・毎月の月給が晦日の晩になっても集金人が金を持って帰るまでは支払えなくて、九時過ぎまでも社員が待たされた事が珍らしくなかった。随って社員は月末の米屋酒屋の勘定どころか煙草銭にもしばしば差支えた。が、社長沼南は位置相当の門戸を構える必要があった・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・出て行きしな、自分の力で養えるようになったらきっと母を連れに来ますと、集金人の山谷に後のことを頼んだ。かねがね山谷はお君に同情めいた態度を見せ、度を過ぎていると豹一は苦々しかったが、さすがに今はくれぐれも頼みますと頭を下げた。便所でボロボロ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・所詮、自由になる金は知れたもので、得意先の理髪店を駆け廻っての集金だけで細かくやりくりしていたから、みるみる不義理が嵩んで、蒼くなっていた。そんな柳吉のところへ蝶子から男履きの草履を贈って来た。添えた手紙には、大分永いこと来て下さらぬゆえ、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・あとで、チップもない客だと、塩をまく真似されたとは知らず、己惚れも手伝って、坂田はたまりかねて大晦日の晩、集金を済ませた足でいそいそと出掛けた。 それから病みつきで、なんということか、明けて元旦から松の内の間一日も缺かさず、悲しいくらい・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・と河田翁は口早に言って、急に声を潜め、あたりをきょろきょろ見回しながら、「実はわたし、このごろある婦人会の集金係をしているのですから、毎日毎日東京じゅうをへめぐらされるので、この年ではとてもやり切れなくなりました、そこでも少し楽な仕事を・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・そうして個性は主任を殺せと説教しました。集金に行ってコップ酒を無理強いにするトラック屋の親爺などに逢えば面白いが、机の前に冷然としている、どじょう髭の御役人に向って、『今日は、御用はありませんか。』『ない。』『へい、ではまたどうぞ。』とか、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ そのように親類になってくれと懇願されている者は、電燈会社の集金人であった。石川は台所へ上って、「奥さん、あの人には私から親類になるようによく話しますからね、一先ずこんな物はしまって置きましょう」と云った。「親類になるまでに・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫