・・・長兄が来て、すぐに看護婦を雇い、お友だちもだんだん集り、私も心強くなりましたが、長兄が見えるまでの二晩は、いま思っても地獄のような気がいたします。暗い電気の下で兄は、私にあちこちの引き出しをあけさせ、いろいろの手紙や、ノオトブックを破り棄て・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・の父も、とうとう、まじめな顔になってしまって、「誰か、人を雇いなさい。どうしたって、そうしなければ、いけない」 と、母の機嫌を損じないように、おっかなびっくり、ひとりごとのように呟く。 子供が三人。父は家事には全然、無能である。・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・このごろ新しく雇いいれたわが家の下婢に相違なかった。名前は、記憶してなかった。 ぼんやり下婢の様を見ているうちに、むしゃくしゃして来た。「何をしているのだ。」うす汚い気さえしたのである。 女の子は、ふっと顔を挙げた。真蒼である。・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ 細田氏は、大戦の前は、愛国悲詩、とでもいったような、おそろしくあまい詩を書いて売ったり、またドイツ語も、すこし出来るらしく、ハイネの詩など訳して売ったり、また女学校の臨時雇いの教師になったりして、甚だ漠然たる生活をしていた人物であった・・・ 太宰治 「女神」
・・・内の人は皆ねえさんのほうへ手伝いに行っているので、ただ中気で手足のきかぬ祖父さんと雇いばあさんがいるばかり、いつもはにぎやかな家もひっそりして、床の間の金太郎や鐘馗もさびしげに見えた。十六むさし、将棋の駒の当てっこなどしてみたが気が乗らぬ。・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・ 四五人のスキャップを雇い込んで、××町の交番横に、トラックを待たせておいて、モ一人の家へ行こうと、屈った路次で、フト、二人の少年工を発見出したのだ。幸いだと思って、「オイ、三公、義公」と呼んだら、二人は変装している自分を、知ってか知ら・・・ 徳永直 「眼」
・・・新宿の帝都座で、モデルの女を雇い大きな額ぶちの後に立ったり臥たりさせ、予め別の女が西洋名画の筆者と画題とを書いたものを看客に見せた後幕を明けるのだという話であった。しかしわたくしが事実目撃したのは去年になってからであった。 戦争前からわ・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・この家はレデーの所有にて室内の装飾の立派なるはもちろん室々はことごとく電気灯を用いよき召使を雇い高尚優雅なる生活に適するように意を用い候。宿料は一週三十三円に御座候。あるいは御気に召さぬかと存じ候えども、御出被下候えば喜こんで室々御案内可仕・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 四所の中学校には、外国人を雇い、英仏日耳曼の語学を教えり。その法は東京・大坂に行わるるものと大同小異。毎校生徒の数、男女百人より二百人、その費用はまったく官より出ず。中学校の内、英学女工場と唱るものあり。英国の教師夫婦を雇い、夫は男子・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・正直に、手前の背骨を痛くして耕してた百姓から牛までとっちまって、日傭いになり下がらせる社会主義ってのは分らねえんだ」 集団農場組織に対しては都会の労働者の間にさえそういう無理解が一部のこされた。当時ソヴェト同盟の遠い隅々で集団農場組織に・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫