・・・そして見ると、善にせよ悪にせよ人の精神凝って雑念の無い時は、外物の印象を受ける力もまた強い者と見える。 材木の間から革包を取出し、難なく座敷に持運んで見ると、他の二束も同じく百円束、都合三百円の金高が入っていたのである。書類は請取の類。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・空を見、雑念せず。陽と遊び、短慮せず。健康第一と愚考致し候。ゆるゆる御精進おたのみ申し上候。昨日は又、創作、『ほっとした話』一篇、御恵送被下厚く御礼申上候。来月号を飾らせていただきたく、お礼如此御座候。諷刺文芸編輯部、五郎、合掌。」・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・彼の言葉ではないが、雑念が起って来る。 その雑念の起って来ることは、小人の所以であろうが、又自分には、尊いところであろうとも思う。 ○外は真暗である。何の物の形も見えない。只折々とんで来る火の粉が、うるしをといたような闇の中に非・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・人人の認識というものはただ見たことだけだ。雑念はすべて誤りという不可思議な中で、しきりに人は思わねばならぬ。思いを殺し、腰蓑の鋭さに水滴を弾いて、夢、まぼろしのごとく闇から来り、闇に没してゆく鵜飼の灯の燃え流れる瞬間の美しさ、儚なさの通過す・・・ 横光利一 「鵜飼」
出典:青空文庫