・・・と称する種類のものより、むしろ自然な山野の雑木林を選みたい。 しかしそのような過剰の許されない境遇としては、樹木のほうは割愛しても、芝生だけは作らないではいられなかった。そうして木立ちの代わりに安価な八つ手や丁子のようなものを垣根のすそ・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・とある雑木林の出っ鼻の落ち葉の上に風呂敷をしいてすわり込んで向かいの丘を写し始めた。平生はただ美しいとばかりで不注意に見過ごしている秋の森の複雑な色の諧調は全く臆病な素人絵かきを途方にくれさせる。まだ目の鋭くないわれわれ初学者にとってはおそ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ 鉄道線路脇のちょっとした雑木林の陰に草を折り敷いて、向うの丘陵に二軒つづいた赤瓦屋根を入れたスケッチを始めた。 すぐ眼の前の道路を通行する人は多いが、一人も私の絵など覗きに来るものはない。おそらくこの辺では私のような素人絵かきはあ・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 稲田桑畑芋畑の連なる景色を見て日本国じゅう鋤鍬の入らない所はないかと思っていると、そこからいくらも離れない所には下草の茂る雑木林があり河畔の荒蕪地がある。汽車に乗ればやがて斧鉞のあとなき原始林も見られ、また野草の花の微風にそよぐ牧場も・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 堤の南は尾久から田端につづく陋巷であるが、北岸の堤に沿うては隴畝と水田が残っていて、茅葺の農家や、生垣のうつくしい古寺が、竹藪や雑木林の間に散在している。梅や桃の花がいかにも田舎らしい趣を失わず、能くあたりの風景に調和して見えるのはこ・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・ しばらくは雑木林の間を行く。道幅は三尺に足らぬ。いくら仲が善くても並んで歩行く訳には行かぬ。圭さんは大きな足を悠々と振って先へ行く。碌さんは小さな体躯をすぼめて、小股に後から尾いて行く。尾いて行きながら、圭さんの足跡の大きいのに感心し・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ 関東の農村は、汽車でとおっても、雑木林をぬけたところには畑があり、そこでヒエが穂を出しているかと思うと、南瓜畑があり、田圃の上にはとうもろこしのひろい葉がゆれている。草堤に萩が咲いていたりもする。 ところが秋田から山形沿線の稲田の・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ここの学校でも心に刻まれているのは、構内の雑木林である。網野菊、丹野禎子という友達たちと、そこで喋った雑木林が忘られない。学校そのもの、女学生そのものについて、いい感じはなかった。成瀬氏の伝統で、「天才」だの「才能」だの美辞は横溢しているく・・・ 宮本百合子 「女の学校」
これまで私たちは云いたいことを云えなかったし、聞きたい話もきかれなかった。この頃になって、ぼつりぼつりと印象の深い話が耳に入るようになって来た。東京の郊外に武蔵野の雑木林にかこまれた、一つの女子専門学校がある。英語を専門に・・・ 宮本百合子 「結集」
・・・その丘の雑木林の裾をめぐる長い道は東長崎の方へまでつづいているのだそうです。夕靄がこめている。その方をしばらく眺めました。その野原の端を道路に沿って小川が流れていた。その小川も東長崎の方へまでつづいているのでした。その夕方はいねちゃんも久し・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫