・・・槙雑木でも束になっていれば心丈夫ですから。 それからもう一つ誤解を防ぐために一言しておきたいのですが、何だか個人主義というとちょっと国家主義の反対で、それを打ち壊すように取られますが、そんな理窟の立たない漫然としたものではないのです。い・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・赤松とちいさな雑木しか生えていないでしょう。ところがそのへん、麓の緩い傾斜のところには青い立派な闊葉樹が一杯生えているでしょう。あすこは古い沖積扇です。運ばれてきたのです。割合肥沃な土壌を作っています。木の生え工合がちがって見えましょう。わ・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・ ただ名もない雑木が秋に会ってその葉を風情もない様な茶色にかえてガサガサして居る時、紅葉にくらべる美くしさはどこにもない様に思える。 しかしにぶい日光がその葉の上にただよった時葉の縁には細い細いしかしながらまばゆいばかりの金線が出来・・・ 宮本百合子 「繊細な美の観賞と云う事について」
・・・ 後年渡辺治衛門というあかじや銀行のもち主がそこを買いしめて、情趣もない渡辺町という名をつけ、分譲地にしたあたり一帯は道灌山つづきで、大きい斜面に雑木林があり、トロッコがころがったりしている原っぱは広大な佐竹ケ原であった。原っぱをめぐっ・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ 巡査は、毛虫だらけの雑木の中をくぐって、垣根際まで行ったり、裏門の扉によじ登ったりして見た。「このトタン塀はのぼれませんがね、 ちと此の門の方がくさい。 一体斯う云う風に横木を細かく打った戸は、風流ではあるが、足が・・・ 宮本百合子 「盗難」
硝子戸に不思議に縁がある。この間まで借りていた二階の部屋は東が二間、四枚の素通し硝子であった。朝日が早くさし込む。空が雑木の梢を泛べて広く見渡せ、枝々の間から遙に美しく緑青をふいた護国寺の大屋根が見えた。温室に住んでいるよ・・・ 宮本百合子 「春」
・・・そこに雑木が茂っているのである。 厨子王は雑木林の中に立ってあたりを見廻した。しかし柴はどうして苅るものかと、しばらくは手を着けかねて、朝日に霜の融けかかる、茵のような落ち葉の上に、ぼんやりすわって時を過した。ようよう気を取り直して、一・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・村から二、三町で松や雑木の林が始まり、それが子供にとって非常に広いと思われるほど続いて、やがて山の斜面へ移るのであるが、幼いころの茸狩りの場所はこの平地の林であり、小学校の三、四年にもなれば山腹から頂上へ、さらにその裏山へと探し回った。今で・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫