・・・用事に町へ行ったついでなどに、雑草をたくさん風呂敷へ入れて帰って来る。勝子が欲しがるので勝子にも頒けてやったりなどして、独りせっせとおしをかけいる。 勝子が彼女の写真帖を引き出して来て、彼のところへ持って来た。それを極まり悪そうにもしな・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・性におえない鉄道草という雑草があります。あの健康にも似ていましょうか。――私の一人相撲はそれとの対照で段々神経的な弱さを露わして来ました。 俗悪に対してひどい反感を抱くのは私の久しい間の癖でした。そしてそれは何時も私自身の精神が弛んでい・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ さていよいよ猟場に踏み込むと、猟場は全く崎の極端に近い山で雑草荊棘生い茂った山の尾の谷である。僕は始終今井の叔父さんのそばを離れないことにした。 人よりも早く犬は猟場に駆け込んだ。僕は叔父さんといっしょに山の背を通っていると、たち・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・波止場近くの草ッ原の雑草は、一カ月見ないうちに、病人の顎ひげのように長く伸び乱れているのである。 やがて歩けるようになると私は杖をついて海岸伝いの道をあるいてみる。歩ける嬉しさ、坐れる嬉しさ、自然に接しられる嬉しさは、そのいずれも叶わぬ・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・笹や、団栗や、雑草の青い葉は、洗われたように、せい/\としている。「おい/\、こいつ居眠りをしているよ」暫らくして後藤は西山の耳もとへきて囁いた。「…………」 見ると、スパイは、日あたりのいゝ、積重ねられた薪の南側に腰をおろして・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・だが、小作料のことから、田畑は昨秋、収穫をしたきりで耕されず、雑草が蔓るまゝに放任されていた。谷間には、稲の切株が黒くなって、そのまゝ残っていた。部落一帯の田畑は殆んど耕されていなかった。小作人は、皆な豚飼いに早替りしていた。 たゞ、小・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・また植物にしても左様である、庭の雑草などの名や効能なんぞを教えて下すった事が幾度もある。私の注意力はたしかに其為に養われて居るかと思います。 小学校を了えて後は一年ばかり中学校を修めたが、それも廃めて英学を修める傍、菊地松軒という先生に・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・彼の妻――お島はまだ新婚して間もない髪を手拭で包み、紅い色の腰巻などを見せ、土掘りの手伝いには似合わない都会風な風俗で、土のついた雑草の根だの石塊などを運んでいた。「奥さん、御精が出ますネ」 と音吉は笑いながら声を掛けて、高瀬の掘起・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・竹のステッキで、海浜の雑草を薙ぎ払い薙ぎ払い、いちどもあとを振りかえらず、一歩、一歩、地団駄踏むような荒んだ歩きかたで、とにかく海岸伝いに町の方へ、まっすぐに歩いた。私は町で何をしていたろう。ただ意味もなく、活動小屋の絵看板見あげたり、呉服・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・伝って下さったものなのに、ちか頃はてんで、うちの事にかまわず、お隣りの畑などは旦那さまがきれいに手入れなさって、さまざまのお野菜がたくさん見事に出来ていて、うちの畑はそれに較べるとはかなく恥かしくただ雑草ばかり生えしげって、マサ子が配給のお・・・ 太宰治 「おさん」
出典:青空文庫