・・・緑色に生々と、が、なかには菁々たる雑草が、乱雑に生えています。どっから刈りこんでいいか、ぼくは無茶苦茶に足の向いた所から分け入り、歩けた所だけ歩いて、報告する――てやがんだい。ぼくは薄野呂です。そんなんじゃあない。然し、ぼくは野蛮でたくまし・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・また雑草の林立した廃園を思わせる。蟻のような人間、昆虫のような自動車が生命の営みにせわしそうである。 高い建物の出現するのははなはだ突然である。打ち出の小槌かアラディンのランプの魔法の力で思いもよらぬ所にひょいひょいと大きなビルディング・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・浜の真砂が磨滅して泥になり、野の雑草の種族が絶えるまでは、災難の種も尽きないというのが自然界人間界の事実であるらしい。 雑草といえば、野山に自生する草で何かの薬にならぬものはまれである。いつか朝日グラフにいろいろな草の写真とその草の薬効・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・そして垣の根方や道のほとりには小笹や雑草が繁り放題に繁っていて、その中にはわたくしのかつて見たことのない雑草も少くはない。山牛蒡の葉と茎とその実との霜に染められた臙脂の色のうつくしさは、去年の秋わたくしの初めて見たものであった。野生の萩や撫・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ ツルゲネーフはまだ物心もつかぬ子供の時分に、樹木のおそろしく生茂った父が屋敷の庭をさまよって、或る夏の夕方に、雑草の多い古池のほとりで、蛇と蛙の痛しく噛み合っている有様を見て、善悪の判断さえつかない幼心に、早くも神の慈悲心を疑った……・・・ 永井荷風 「狐」
・・・耕地整理になっているところがやっぱり旱害で稲は殆んど仕付からなかったらしく赤いみじかい雑草が生えておまけに一ぱいにひびわれていた。やっと仕付かった所も少しも分蘖せず赤くなって実のはいらない稲がそのまま刈りとられずに立っていた。耕地整・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・それだのに、たった一箇所、雑草も生えていなければ木もなくむき出しのところがあった。それは例の、三方羽目に塞がれた空地だ。そこのがらんとした寂しい地面の有様が子供の心をつよく動かした。何故ここだけこんな何もないのだろう。――或る日、子供は畑か・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・古い桜樹と幾年か手を入れられたことなく茂りに繁った下生えの灌木、雑草が、かたばかりの枸橘の生垣から見渡せた懐しいコローの絵のような松平家の廃園は、丸善のインク工場の壜置場に、裏手の一区画を貸与したことから、一九二三年九月一日の関東大震災後、・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・薄明かりの坂路から怪物のように現われて来る逞しい牛の姿、前景に群がれる小さき雑草、頂上を黄橙色に照らされた土坡、――それらの形象を描くために用いた荒々しい筆使いと暗紫の強い色調とは、果たして「力強い」と呼ばるべきものだろうか。また自然への肉・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・それと向かい合った道側の雑草の上に、荒蓆が一枚敷いてあります。その上に彼は父親と二人でしゃがみました。そこへ来るまで彼は、道側に立って会葬者にお辞儀するのだろうと考えていましたが、父親がしゃがんだので同じくまねをしてしゃがんだのです。 ・・・ 和辻哲郎 「土下座」
出典:青空文庫