・・・ お敏は雷鳴と雨声との中に、眼にも唇にも懸命の色を漲らせて、こう一部始終を語り終りました。さっきから熱心に耳を傾けていた泰さんと新蔵とは、この時云い合せたように吐息をして、ちらりと視線を交せましたが、兼て計画の失敗は覚悟していても、一々・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 強烈な平和の希望者は、それでも、今にも雨が静かになればと思う心から、雨声の高低に注意を払うことを、秒時もゆるがせにしてはいない。 不安――恐怖――その堪えがたい懊悩の苦しみを、この際幾分か紛らかそうには、体躯を運動する外はない。自・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・浅草を去ったのは明治十二、三年以後で、それから後は牛島の梵雲庵に梵唄雨声と琵琶と三味線を楽んでいた。九 椿岳の人物――狷介不羈なる半面 椿岳の出身した川越の内田家には如何なる天才の血が流れていたかは知らぬが、長兄の伊藤八兵衛・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・刀一口良価を求む 貞石三生宿縁を証す 未だ必ずしも世間偉士無からざるも 君が忠孝の双全を得るに輸す 浜路一陣のこうふう送春を断す 名花空しく路傍の塵に委す 雲鬟影を吹いて緑地に粘す 血雨声無く紅巾に沁む 命薄く刀下の鬼となる・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・突然強風が吹起こって家を揺るがし雨戸を震わすかと思うと、それが急にまるで嘘をいったように止んでただ沛然たる雨声が耳に沁みる。また五分くらいすると不意に思い出したように一陣の風がどうっと吹きつけてしばらくは家鳴り震動する、またぴたりと止む、す・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・明治四十一年首相西園寺公望が、文士を招待して雨声会を催した時、漱石はその招待を「時鳥厠なかばに出かねたり」の一句を送って出席しなかった。漱石は日本の伝統である官尊民卑が文学の領域にまで浸潤することを快く思わなかったのであろう。感想に、文学の・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
出典:青空文庫