・・・ 飯倉の通りは雨後の美しさで輝いていました。友と共に見上げた七葉樹には飾燈のような美しい花が咲いていました。私はまた五六年前の自分を振返る気持でした。私の眼が自然の美しさに対して開き初めたのも丁度その頃からだと思いました。電燈の光が透い・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・しばらくすると水上がまばゆく煌いてきて、両側の林、堤上の桜、あたかも雨後の春草のように鮮かに緑の光を放ってくる。橋の下では何ともいいようのない優しい水音がする。これは水が両岸に激して発するのでもなく、また浅瀬のような音でもない。たっぷりと水・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・露の玉は、そういう葉や、霜枯れ前の皺びた雑草を雨後のようにぬらしていた。 草原や、斜丘にころびながら進んで行く兵士達の軍服は、外皮を通して、その露に、襦袢の袖までが、しっとりとぬれた。汗ばみかけている彼等は、けれども、「止れ!」の号令で・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・庭の苔の描写は、余計のように思われましたけれど、なお、もう一度、読みかえしてみるつもりであります。雨後の華厳の滝のところは、ただもう、にこにこしてしまいました。滝のしぶきが、冷く痛く頬に感ぜられました。お照も細く見えた、という結末の一句の若・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・私はただ、雨後の青空にかかっていたひとすじのほのかな虹を覚えているだけである。 ものの名前というものは、それがふさわしい名前であるなら、よし聞かずとも、ひとりでに判って来るものだ。私は、私の皮膚から聞いた。ぼんやり物象を見つめて・・・ 太宰治 「玩具」
・・・中につきて数句を挙ぐれば草霞み水に声なき日暮かな燕啼いて夜蛇を打つ小家かな梨の花月に書読む女あり雨後の月誰そや夜ぶりの脛白き鮓をおす我れ酒かもす隣あり五月雨や水に銭蹈む渡し舟草いきれ人死をると札の立つ秋風・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 私の机の上には又、レビタンというチェホフ時代の風景画家の描いた「雨後」という絵をハガキにしたのが一枚ある。非常にうるおいあり情趣あるリアリズムの画で、北の海フィンランド辺の海の入江の雨後の感じが活きて居ります。フィンランド辺の海は真夏・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫