・・・それから人力俥夫になり、馬丁になり、しまいにルンペンにまで零落した。浅草公園の隅のベンチが、老いて零落した彼にとっての、平和な楽しい休息所だった。或る麗らかな天気の日に、秋の高い青空を眺めながら、遠い昔の夢を思い出した。その夢の記憶の中で、・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・幸にして今日に及びようやく旧に復するの模様あれども、空しく二年の時日を失い、生徒分散、家屋荒廃、書籍を失い器械を毀ち、その零落、名状するに堪えず。あたかも文学の気は二年の間窒塞せしが如し。天下一般の大損亡というべし。先にこの開成所をして平人・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・そこへ巧みにつけ入って、ドイツ民族の優秀なことや、将来の世界覇権の夢想や、生産の復興を描き出したヒトラー運動は、地主や軍人の古手、急に零落した保守的な中流人の心をつかんで、しだいに勢力をえ、せっかくドイツ帝政の崩壊後にできたワイマール憲法を・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・葉子は最後に、倉知と自分とはお互に零落させ合うような愛し方をしたが、それもなつかしい、と云っている。作者もそれ以外には何も云っていない。恐らくこの蔭に有島武郎という人の情緒の感傷的な性格が潜んでいたのであろう。作者自身がそれによって最後を終・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ 火事で祖父の家がまるやけになり、すっかり零落してから、ゴーリキイは愛するおばあさんと自分のためにパンを稼がなければなりませんでした。七つか八つのゴーリキイは、ニージュニの町の貧乏な男の子たちと一緒に、町はずれのゴミステ場へ行って、そこ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイについて」
・・・彼の光りの根源のような影響をもっていた祖母は、その時分もう零落して若い時分のような乞食の生活をやっていた。写真という文化の一つの形も流れ込んでいない社会層の中に生長したゴーリキイを強く感じたのであった。 これらの展覧会その他に刺戟を受け・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・祖父は急速度に零落し、七歳の彼も「銭」を稼がなければならなくなった。彼は屑拾いをした。オカ河岸の材木置場から板切や薪をかっぱらった。「盗みということは場末町では決して罪悪とされていなかった。それは習慣であり、又半ば飢えている町人にとっての殆・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫