・・・その祈祷の声と共に、彼の頭上の天には、一団の油雲が湧き出でて、ほどなく凄じい大雷雨が、沛然として刑場へ降り注いだ。再び天が晴れた時、磔柱の上のじゅりあの・吉助は、すでに息が絶えていた。が、竹矢来の外にいた人々は、今でも彼の祈祷の声が、空中に・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・それからお敏が、この雷雨の蓆屋根の下で、残念そうに息をはずませながら、途切れ途切れに物語った話を聞くと、新蔵の知らない泰さんの計画と云うのは、たった昨夜一晩の内に、こんな鋭い曲折を作って、まんまと失敗してしまったのです。 泰さんは始新蔵・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・』と、とぼんと法師の顔を見上げますと、法師は反って落ち着き払って、『昔、唐のある学者が眉の上に瘤が出来て、痒うてたまらなんだ事があるが、ある日一天俄に掻き曇って、雷雨車軸を流すがごとく降り注いだと見てあれば、たちまちその瘤がふっつと裂けて、・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・もうけた、実子で、しかも長男で、この生れたて変なのが、やや育ってからも変なため、それを気にして気が狂った、御新造は、以前、国家老の娘とか、それは美しい人であったと言う…… ある秋の半ば、夕より、大雷雨のあとが暴風雨になった、夜の四つ時十・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ されどとかくする中、さしもの雷雨もいささか勢弱りければ、夜に入らぬ中にとてまた車を駛せ、秩父橋といえるをわたる。例の荒川にわたしたるなれば、その大なるはいうまでもなく、いといかめしき鉄の橋にて、打見たるところ東京なる吾妻橋によく似かよ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・もっとも旋風は多くの場合に雷雨現象と連関して起こるから、その点で後に述べる時間分布の関係から言って多少この説に有利な点はある。しかしいわゆる光の現象やまた前述のまじないの意味は全くこれでは説明されない。 これに反して、ギバがなんらかの空・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・郷里が山国で夏中は雷雨が非常に頻繁であり、またその音響も東京などで近頃聞くのとは比較にならぬほど猛烈なものであったような気がする。これは単に心理的にそう思われたばかりでなく実際物理的にもそうであろうと思われる。そうしてその恐ろしさは単に落雷・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・考えてみるとネオン燈がはやり始めて以来、まだ一度も著しい降雹がなかったようであるが、今に四五月ごろの雷雨性の不連続線に伴のうて鳩卵大の降雹がほんのひとしきり襲って来れば、銀座付近が一時はだいぶ暗くなる事であろう。その時が今から的確に予報でき・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・その上に、冬のモンスーンは火事をあおり、春の不連続線は山火事をたきつけ、夏の山水美はまさしく雷雨の醸成に適し、秋の野分は稲の花時刈り入れ時をねらって来るようである。日本人を日本人にしたのは実は学校でも文部省でもなくて、神代から今日まで根気よ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・八月二十六日 曇、夕方雷雨 月蝕雨で見えず。夕方珍しい電光 Rocket lightning が西から天頂へかけての空に見えた。丁度紙テープを投げるように西から東へ延びて行くのであった。一同で見物する。この歳になるまでこんなお光・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
出典:青空文庫