・・・いや、そう云う宝よりも尊い、霊妙な文字さえ持って来たのです。が、支那はそのために、我々を征服出来たでしょうか? たとえば文字を御覧なさい。文字は我々を征服する代りに、我々のために征服されました。私が昔知っていた土人に、柿の本の人麻呂と云う詩・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・煙客翁は手にとるように、秋山図の霊妙を話してから、残念そうにこう言ったものです。「あの黄一峯は公孫大嬢の剣器のようなものでしたよ。筆墨はあっても、筆墨は見えない。ただ何とも言えない神気が、ただちに心に迫って来るのです。――ちょうど龍翔の・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・一通り画面を塗りつぶして、さて全体の効果をよく見渡してからそろそろ仕上げにかかろうというときの一服もちょっと説明の六かしい霊妙な味のあるものであった。要するに真剣にはたらいたあとの一服が一番うまいということになるらしい。閑で退屈してのむ煙草・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・しかし再び興奮の発作が来ると彼の頭は霊妙な光で満ち渡ると同時に、眼界をおおっていた灰色の霧が一度に晴れ渡って、万象が透き通って見えるのである。 このように週期的に交代する二つの世界のいずれがほんとうであるかを決定したいと思って迷っていた・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・科学という霊妙な有機体は自分に不用なものを自然に清算し排泄して、ただ有用なるもののみを摂取し消化する能力をもっているからである。しかしもしも万一これら質的研究の十中の一から生まれうべき健全なるものの萌芽が以上に仮想したような学風のあらしに吹・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・それによってうつ向いた顔も仰向いた顔も霊妙な変化を受けることができる。ところでこの種の運動は「能」の動作において最も厳密に切り捨てられたものであった。とともに、歌舞伎芝居がその様式の一つの特徴として取り入れたものであった。歌舞伎芝居において・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
・・・宗教の信仰に救われて全能者の存在を霊妙の間に意識し断乎たる歩武を進めて Im schnen, Im guten, Im ganzen, に生くべく猛進するわが理想であると言ったら、ある人は嘲笑した。我れに取っては最も明白合理なる信念である。・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫