・・・もう少しで君のマントルの裾をふむ所だった。Aの声 ふきあげの音がしているぜ。Bの声 うん。もう露台の下へ来たのだよ。 ×女が大勢裸ですわったり、立ったり、ねころんだりしている。薄明り。 ――・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・そして最後に建築物に関しても、松江はその窓と壁と露台とをより美しくながめしむべき大いなる天恵――ヴェネティアをしてヴェネティアたらしむる水を有している。 松江はほとんど、海を除いて「あらゆる水」を持っている。椿が濃い紅の実をつづる下に暗・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・ 或日の暮、ソロモンは宮殿の露台にのぼり、はるかに西の方を眺めやった。シバの女王の住んでいる国はもちろん見えないのに違いなかった。それは何かソロモンに安心に近い心もちを与えた。しかし又同時にその心もちは悲しみに近いものも与えたのだっ・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・燕はこれを聞いてなんとも言えないここちになりまして、いっそ王子の肩で寒さにこごえて死んでしまおうかとも思いながらしおしおとして御返事もしないでいますと、だれか二人王子の像の下にある露台に腰かけてひそひそ話をしているものがあります。 王子・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・つい目と鼻のさきには、化粧煉瓦で、露台と言うのが建っている。別館、あるいは新築と称して、湯宿一軒に西洋づくりの一部は、なくてはならないようにしている盛場でありながら。「お邪魔をしました。」「よう、おいで。」 また、おかしな事があ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・……さあさあ一きり露台へ出ようか、で、塀の上から、揃ってもの干へ出たとお思いなさい。日のほかほかと一面に当る中に、声は噪ぎ、影は踊る。 すてきに物干が賑だから、密と寄って、隅の本箱の横、二階裏の肘掛窓から、まぶしい目をぱちくりと遣って覗・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ この、半ば西洋づくりの構は、日本間が二室で、四角な縁が、名にしおうここの名所、三湖の雄なる柴山潟を見晴しの露台の誂ゆえ、硝子戸と二重を隔ててはいるけれど、霜置く月の冷たさが、渺々たる水面から、自から沁徹る。…… いま偶と寝覚の枕を・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ いま私は陣々たる春風に顔を吹かせて、露台に立っています。 そして水盤の愛する赤い石をながめながら我が死後、幾何の間、石はこのままの姿を存するであろうかと空想するのでした。 するとこの松は如何、この蘭は如何という風にすべて生命あ・・・ 小川未明 「春風遍し」
・・・ 裏通りの四五軒目の、玄関とも、露台ともつかないような入口の作りつけられている家の前で、ウォルコフは、ひらりと身がるく馬からおりた。 人々は、眠から覚めたところだった。白い粘土で塗りかためられた煙突からは、紫色の煙が薄く、かすかに立・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・でも窓下の学生のセレネードは別として、露台のビア・ガルテンでおおぜいの大学生の合唱があって、おなじみのエルゴ・ヴィヴァームスの歌とザラマンダ・ライベンの騒音がラインの谷を越えて向こうの丘にこだまする。 ロシアでもドイツでも、男どうしがお・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
出典:青空文庫