・・・ 野口という大学教授は、青黒い松花を頬張ったなり、蔑むような笑い方をした。が、藤井は無頓着に、時々和田へ目をやっては、得々と話を続けて行った。「和田の乗ったのは白い木馬、僕の乗ったのは赤い木馬なんだが、楽隊と一しょにまわり出された時・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・それから青黒い液体を吐いた。「お母さん。」 誰もまだそこへ来ない何秒かの間、慎太郎は大声に名を呼びながら、もう息の絶えた母の顔に、食い入るような眼を注いでいた。 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 尾を撮んで、にょろりと引立てると、青黒い背筋が畝って、びくりと鎌首を擡げる発奮に、手術服という白いのを被ったのが、手を振って、飛上る。「ええ驚いた、蛇が啖い着くです――だが、諸君、こんなことでは無い。……この木製の蛇が、僕の手練に・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ と紺の鯉口に、おなじ幅広の前掛けした、痩せた、色のやや青黒い、陰気だが律儀らしい、まだ三十六七ぐらいな、五分刈りの男が丁寧に襖際に畏まった。「どういたして、……まことに御馳走様。……番頭さんですか。」「いえ、当家の料理人にござ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・その唄の声にじっと耳をすましていると、いつしか、青黒い底の方に引き込められるような、なつかしさを感じました。 まれには、月の光が、波の上を静かに照らす夜になってから、感がきわまって、とつぜん海の中に身を躍らしたものもあったのです。 ・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ 青黒い空は、だんだん上がるにつれて明るくなりました。そして、行く手には、美しい星が光っていました。 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・ このとき、かしの木の葉が、さらさらといって、青黒いガラスのような空で鳴りました。三人はしばらく黙っていましたが、乙が丙に向かって、「さあ君、なにか話してくれたまえ。」といいました。 三人の中のもっとも年下の丙は、空を見て考・・・ 小川未明 「不死の薬」
・・・ともかくもそれを云ってしまうと、それまでひどく緊張してきつい表情をしていた彼の顔が急に柔らかになってくる、そして平生気持の悪いような青黒い顔色には少し赤味さえさして来て、見るから快いような感じに変化するのである。 私はこの男の癖をよく知・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・先生の目の周囲には青黒い輪が歴然と残っていた。自分はなんという理由なしに、この病気を起こさせた責任が自分らにあるような気がしてしかたがなかった。とにかくおとぎ芝居へ行ったのはただあの時一度だけであった。 五歳になる雪子が姉につれられて病・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・ 善ニョムさんは、ハッ、ハッ息を切らしながら、天秤棒の上に腰を下ろすと、何よりもさきに青黒い麦の芽に眼を配った。 黒くて柔らかい土塊を破って青い小麦の芽は三寸あまりも伸びていた。一団、一団となって青い房のように、麦の芽は、野づらをわ・・・ 徳永直 「麦の芽」
出典:青空文庫