・・・ いまこの四冊の評論集をながめて、書評を書こうとし、非常に困難を感じる。なぜなら、この四冊の本には、著者の二十年近い生活とその発展のひだがたたまれている。しかもそれは一人の前進的な人間の小市民的インテリゲンツィアからボルシェビキへの成長・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・ 木村は「非常持出」と書いた札の張ってある、煤色によごれた戸棚から、しめっぽい書類を出して来て、机の上へ二山に積んだ。低い方の山は、其日々々に処理して行くもので、その一番上に舌を出したように、赤札の張ってある一綴の書類がある。これが今朝・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・そこでわたくしは非常に反抗心を起したのです。どうにかして本当の好男子になろうとしたのですね。 女。それはわたくしに分かっていましたの。 男。夜寝られないと、わたくしは夜どおしこんな事を思っていました。あんな亭主を持っているあなたがわ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・身長はひどく大きくもないのに、具足が非常な太胴ゆえ、何となく身の横幅が釣合いわるく太く見える。具足の威は濃藍で、魚目はいかにも堅そうだし、そして胴の上縁は離れ山路であッさり囲まれ、その中には根笹のくずしが打たれてある。腰の物は大小ともになか・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・人間が行動するとき、子のあるものと子のないものとの行為や精神には、非常な相違がある。この平凡な確実なことは、子のないときには理解ができても洞察の度合においてはるかに深度が違ってくる。この深度は作家の作品に影響しないはずがない。宇野浩二氏の『・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ マアどれほど親切で、美しくッて、好い方だったか、僕は話せない位ですよ。話せればあなただってどんなに好におなんなさるか! 非常に僕を可愛がって下すったことを思い出してさえ、なんだか涙が眼に一杯になります。モウ先のことだけれど、きのうきょうの・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
フロベニウスの『アフリカ文化史』は、非常に優れた書であるとともにまた実におもしろい書である。そのおかげでニグロの生活は我々の追体験し得るものとなり、ニグロの文化は我々の理解し得るものとなる。我々はそれによっていわゆる未開人をいかに見る・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫