・・・ いま、私の寝ている籐椅子のすぐちかくに坐って、かたわらの机に軽くよりかかり「非望」という文芸冊子を、あちこち覗き読みしているこのお隣りの娘について少しだけ書く。 私がこの土地に移り住んだのは昭和十年の七月一日である。八月の中ごろ、・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・文芸冊子「非望」第六号所載、出方名英光の「空吹く風」は、見どころある作品なり。その文章駆使に当って、いま一そう、ひそかに厳酷なるところあったなら、さらに申し分なかったろうものを。わが儘という事 文学のためにわがままをする・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ そうかと言って、自分でこのような大問題をどうにかしようという非望を企てるわけにも行かないわけであるが、それでもただやみがたい好奇心から、余暇あるごとに少しずつ、だんだんに手近い隣接国民の語彙を瞥見する事になり、それが次第次第に西漸して・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・諸君、我らはこの天皇陛下を有っていながら、たとえ親殺しの非望を企てた鬼子にもせよ、何故にその十二名だけ宥されて、余の十二名を殺してしまわなければならなかったか。陛下に仁慈の御心がなかったか。御愛憎があったか。断じて然ではない――たしかに輔弼・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫