・・・見物の人々は、彼の下手カスの芸を見ないで、実物の原田重吉が、実物の自分に扮して芝居をし、日清戦争の幕に出るのを面白がった。だがその芝居は、重吉の経験した戦争ではなく、その頃錦絵に描いて売り出していた「原田重吉玄武門破りの図」をそっくり演じた・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・西宮が自分一人面白そうに遊んでもいられないと、止めるのを振り切ッて、一時ごろ帰ッた時まで傍にいて、愚痴の限りを尽した。 善吉は次の日も流連をした。その次の日も去らず、四日目の朝ようやく去ッた。それは吉里が止めておいたので、平田が別離に残・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・外に物欲しげな人間が見ているのを、振り返ってもみずに、面白げに飲んだり食ったりしゃあがる。おれは癲癇病みもやってみた。口にシャボンを一切入れて、脣から泡を吹くのだ。ところが真に受ける奴は一人も無い。馬鹿にして笑ってけつかる。それにいつでも生・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・斯る化物は街道に連れ出して見世物となすには至極面白かるべけれども、世の中のためには甚だ困りものなり。 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・あら面白の饅頭、焼豆腐や。 安心の人に誇張あるべからず、平和の詩に虚飾あるべからず。余は更に進んで曙覧に一点の誇張、虚飾なきことを証せん。似而非文人は曰く、黄金百万緡は門前のくろの糞のごとしと。曙覧は曰くたのしみは銭なくなりてわ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ぼくと同じように本気に仕事にかかった人でなかったらこんなもの実に厭な面白くもないものにちがいない。いまぼくが読み返してみてさえ実に意気地なく野蛮なような気のするところがたくさんあるのだ。ちょうど小学校の読本の村のことを書いたところのようにじ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
一 田舎では何処にでも、一つの村に一人は、馬鹿や村中の厄介で生きている独りものの年寄があるものだ。敷生村では十年ばかり前、善馬鹿という白痴がいた。女子供に面白がられたり可怖がられたりしていたが、池・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・と云ったので、始てなる程と悟った事や、それからベルリンに著いた当時の印象を瑣細な事まで書いてあって、子爵夫婦を面白がらせた。子爵は奥さんに三省堂の世界地図を一枚買って渡して、電報や手紙が来る度に、鉛筆で点を打ったり線を引いたりして、秀麿はこ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・「それ面白や。騎ろうぞや。すわやこなたへ近づくよ」 二人は馬に騎ろうと思ッて、近づく群をよく視ればこれは野馬の簇ではなくて、大変だ、敵、足利の騎馬武者だ。「はッし、ぬかッた、気がつかなかッた。馬じゃ……敵じゃ……敵の馬じゃ」「敵・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ 婦人は灸の方をちょっと見ると、「まア、兄さんは面白いことをなさるわね。」といっておいて、また急がしそうに、別れた愛人へ出す手紙を書き続けた。 女の子は灸の傍へ戻ると彼の頭を一つ叩いた。 灸は「ア痛ッ。」といった。 女の・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫