・・・一粒の草花の種子が発芽してから満開するまでの変化を数分の間に完了させることもできる一方では、また、弾丸が銃口を出て行く瞬間にこれに随伴する煙の渦環や音波の影の推移をゆるゆると見物することもできる。眠っているように思っている植物が怪獣のごとく・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・出しそうな音の原因に関する自分のはじめの考えは、もしや昆虫かあるいは鳥類の群れが飛び立つ音ではないかと思ってみたが、しかしそれは夜半の事だというし、また魚が釣れなくなるという事が確実とすれば単に空中の音波のためとは考えにくいと思われた。とこ・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・こういう皮膜は多くの場合に一分子だけの厚さをもつものであるから、割れ目の間隙が 10-8 でなくてもミクロン程度のものならば、その間隙を液体で充填することによって割れ目の面における音波の反射をかなりまで防止し従って鐘の正常な定常振動を回復す・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・ この鳴き声の意味をいろいろ考えていたときにふと思い浮かんだ一つの可能性は、この鳥がこの特異な啼音を立てて、そうしてその音波が地面や山腹から反射して来る反響を利用して、いわゆる「反響測深法」を行なっているのではないかということである。・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
・・・ 三島神社の近くでだいぶゆすぶられたらしい小さなシナ料理店から強大な蓄音機演奏の音波の流れ出すのが聞こえた。レコードは浅草の盛り場の光景を描いた「音画」らしい、コルネット、クラリネットのジンタ音楽に交じって花屋敷を案内する声が陽気にきこ・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・その差はことに音波の刻まれた部分に著しい。適当な傾きに光を反射させて見た時に一方のはなんとなくがさがさした感じを与えるが、一方は油でも含んだような柔かい光沢を帯びている。これは刻まれた線の深さにもよる事ではあろうが、ともかくもレコードの発す・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ はげしい音波の衝動のために、害虫がはたしてふるい落とされるか、落とされた虫がそれきりになるかどうか、たしかな事はだれもおそらく知らなかった。しかしこんな事はどうでもいいような気がする。あれはある無名の宗教の荘重な儀式と考えるべきもので・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・この学者の説によると、第一に水の流出する音が人の声を誘う、第二には浴場の壁は普通の家のように音波を擾乱するものがないためによく反響して声が充実して聞えるためだという。しかしこの説が日本の浴場にも通用するかどうか少し疑わしい。自分の考えでは温・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・ただ覚えているのは、ケーベルさんが一曲の演奏を終わって、静かに横にからだを向けて、椅子に腰かけたままじっと耳をすまして楽器と天井の間に往復する音波の反響に聞き入っていた瞬間の姿である。聴衆は待ち兼ねていたように拍手をした。ケーベルさんが立ち・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・これは山腹に露出した平滑な岩盤が適当な場所から発する音波を反響させるのだという事は今日では小学児童にでもわかる事である。岩面に草木があっては音波を擾乱するから反響が充分でなくなる事も多くの物理学生には明らかである。しかしこれらの・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
出典:青空文庫