・・・遠い所から来る音波が廊下の壁や床や天井からなんべんとなく反射される間に波の形を変えて、元来は平凡な音があらゆる現実の手近な音とはちがった音色に変化し、そのためにあのような不可思議な感じを起こさせるのか、あるいは熱い蒸気が外気の寒冷と戦いなが・・・ 寺田寅彦 「病院の夜明けの物音」
・・・ 音についても同様な限界がある、振動数二三十以下あるいは一二万以上の音波はもはや音として聞く事はできぬ。振幅が一定の限度以下でも同様である。また振動数の少しぐらい違った音の高低の区別は到底わからぬものである。 触感によって温度や重量・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・これに反して音の場合には音波が頭で回折されるから、一つの耳の反対の側から来る音でもその耳に到達する。しかし正面から来る音よりは弱く聞こえるのである。それで音源の方向を知るにはむしろ両耳が頭の反対の側にあるほうが好都合なわけになるのである。・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・不思議だと思って懐中時計の音で左右の耳の聴力を試験してみると、左の耳が振動数の多い音波に対して著しく鈍感になっている事が分った。のみならず雨戸をしめて後に寝床へはいるとチンチロリンの声が聞こえなかった。すぐ横にねている子供にはよく聞こえてい・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・が悪いせいか、本物の演説を聞くのでも骨の折れるくらいであるから、完全でない機械で変形された音波の混乱の中から、変形されない元の波を読取ることはなかなか困難である。それを聞取ろうとする努力はかなりに頭を疲らせる。それで断念して聞かないつもりに・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・近松や西鶴が残した文章で、如何なる感情の激動をもいい尽し得るものと安心していた。音波の動揺、色彩の濃淡、空気の軽重、そんな事は少しも自分の神経を刺戟しなかった。そんな事は芸術の範囲に入るべきものとは少しも予想しなかった。日本は永久自分の住む・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・体がポーと熱し本ばかり読んでいる頭は、恍惚に誘われようと欲して音波にしたがう準備をはじめる。ところが、そういう事情で、こちらに期待する感情が自然な要求として強ければ強いだけ、時代ばなれのしたラジオの乱脈はもどかしい。しかも、こちらは、愚劣な・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・国家計画部は…… 樺色の上着の肩で音波を切りながらドンドン歩いて行って監督は赤布で飾られた舞台のすぐ下第一列へ日本女を待たせ、わきの扉の方から椅子をもって来てくれた。 こんなに遅れて来たのは日本女ひとりである。舞台の赤布をかけた長テ・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・思想的傾向とか、主要観念とかいうものの他、その人の心理的なテンポ、硬度、音波がある。媒介物である文字さえ文法的に正確に捕えたら、その作物の全リズムまで捕えたとは決していえないと私は思う。特定の波長に対しては特定の検波器がある。電波に関するこ・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ 二つの論文は、互にもつれ合い、響きあってその底にだんだんと高まる光った歴史的現実の音波を脈打たせているという印象を、私の心に与えたのであった。 今年の夏の末ごろのことであった。ある友達が私のしびれている脚に電気療法をしながら、その・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
出典:青空文庫