・・・三菱会社員忍野半三郎は脳溢血のために頓死したのである。 半三郎はやはりその午後にも東単牌楼の社の机にせっせと書類を調べていた。机を向かい合わせた同僚にも格別異状などは見えなかったそうである。が、一段落ついたと見え、巻煙草を口へ啣えたまま・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・もし鎮守府司令長官も頓死か何か遂げたとすれば、――この場合はいささか疑問かも知れない。が、まず猫ほどではないにしろ、勝手の違う気だけは起ったはずである。 ところが三月の二十何日か、生暖い曇天の午後のことである。保吉はその日も勤め先から四・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・ こうして話しながら引返したが、変死、頓死――とにかく父は尋常の死方をしたのではないということが、私たちの頭に強く感じられた。室に帰ってきて幾度電報を繰りひろげてみても、ほかに解釈のしようもなかった。「やっぱしこんなことだったのか。・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・死ねば頓死さ。そうなりゃ香奠になるんだね。ほほほほほ。香奠なら生きてるうちのことさ。此糸さん、初紫さん、香奠なら今のうちにおくんなさいよ。ほほ、ほほほほ」「あ、忘れていたよ。東雲さんとこへちょいと行くんだッけ」と、初緑が坐を立ちながら、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・エエそうだ私は世の中の男をおどしてビックリさせて頓死させるために生れて来たんですもの――」「お前、恐ろしくはないんかい。マア、そんな事を云ってホンとうに娘らしくない」「恐ろしい、世の中に恐ろしい事なんかはありゃあしませんわ」「私・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
出典:青空文庫