・・・ その女学校の女先生が制服のように着ていたくすんだ紫の羽織をつけただけは同じだが、その脊ののびのびと高い、やや浅黒い、額の心持よく緊張した顔立ちの若い先生は、第一瞥から暖い心情的な感じで若い生徒たちを魅した。多い髪がいくらか重そうにゆっ・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ 初対面のとき、はる子は千鶴子の神経質そうな顔立ちを眺めながら「ずっと前から×さん御存知?」ときいた。×さんが彼女を紹介した人で、彼は現代の傑れた作家の一人であった。 千鶴子の国は西の方で、そこの女学校の専門部で国文を専攻し・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・そのとき、年のことを云った人の顔立ちが、不思議に後々まで鮮やかに私の記憶に刻まれた。どこと云って目立つところのない、おとなしい小ぢんまりした色艷のよくないその顔は、顎の骨がいくらか張っていた。特徴がないその顔には、しかし、何年も一つ仕事につ・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・ 丸い柔かいウエーヴのよく似合う顔立ちにいつわりのない色を浮かべて云った。「よくお仕事はお仕事と、いつもきっちり事務的にやっていらっしゃると思うわ。私たちなんかお友達がよったらもうおしまいよ、つい喋っちまって」「あら。私たちだっ・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・ザックセン王宮の女官はみにくしという世の噂むなしからず、いずれも顔立ちよからぬに、人の世の春さえはや過ぎたるが多く、なかにはおい皺みて肋一つ一つに数うべき胸を、式なればえも隠さで出だしたるなどを、額越しにうち見るほどに、心待ちせしその人は来・・・ 森鴎外 「文づかい」
出典:青空文庫