・・・夜はまだ明け切らずにいるのであろう。風呂敷に包んだ電燈は薄暗い光を落している。僕は床の上に腹這いになり、妙な興奮を鎮めるために「敷島」に一本火をつけて見た。が、夢の中に眠った僕が現在に目を醒ましているのはどうも無気味でならなかった。・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・病室の中の電燈の玉に風呂敷か何か懸っていたから、顔も見えないほど薄暗かった。そこに妻や妻の母は多加志を中に挟んだまま、帯を解かずに横になっていた。多加志は妻の母の腕を枕に、すやすや寝入っているらしかった。妻は自分の来たのを知ると一人だけ布団・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
長い影を地にひいて、痩馬の手綱を取りながら、彼れは黙りこくって歩いた。大きな汚い風呂敷包と一緒に、章魚のように頭ばかり大きい赤坊をおぶった彼れの妻は、少し跛脚をひきながら三、四間も離れてその跡からとぼとぼ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・大風呂敷の山じゃねえが、一波越すと、谷底よ。浜も日本も見えやしねえで、お星様が映りそうで、お太陽様は真蒼だ。姉さん、凪の可い日でそうなんだぜ。 処を沖へ出て一つ暴風雨と来るか、がちゃめちゃの真暗やみで、浪だか滝だか分らねえ、真水と塩水を・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・天秤の先へ風呂敷ようのものをくくしつけ肩へ掛けてくるもの、軽身に懐手してくるもの、声高に元気な話をして通るもの、いずれも大回転の波動かと思われ、いよいよ自分の胸の中にも何かがわきかえる思いがするのである。 省作は足腰の疲れも、すっかり忘・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・と手を合せておがみ夜ぎりの中に出てゆくあとで娘が云うには「一寸一寸、今の坊さんはネ、風呂敷包の中に小判を沢山皮の袋に入れたのをもって居らっしゃるのを見つけたんですよ、だから、御つれもないんだから誰も知る人もありませんから殺してあの御金をおと・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ 僕は、帰京したら、ひょッとすると再び来ないで済ませるかも知れないと思ったから、持って来た書籍のうち、最も入用があるのだけを取り出して、風呂敷包みの手荷物を拵えた。 遅くなるから、遅くなるからと、たびたび催促はされたが、何だか気が進・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・頭には、菅笠を被って前に風呂敷包を乗せている。草津行の女であるということが分った。 三階にいて私は、これから草津に湯治にゆく、此の哀れな女の身の上のことなどを空想せられたのである。草津の湯は、皮膚の爛れるように熱い湯であると聞いている。・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・私は見慣れた千草の風呂敷包を背負って、前には女房が背負うことに決っていた白金巾の包を片手に提げて、髪毛の薄い素頭を秋の夕日に照されながら、独り町から帰ってくる姿を哀れと見た。で、女房はさすがに怖がって外へもなるべく出ないようにしている。銭占・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・おばはんとうとう出て行きよったが、出て行きしな、風呂敷包持って行ったンはええけど、里子の俺は置いてきぼりや。おかげで、乳は飲めん、お腹は空いてくる、お襁褓はかえてくれん、放ったらかしや。蹴ったくそわるいさかい、亭主の顔みイみイ、おっさんどな・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫