・・・メリンスの風呂敷包みの骨壺入りの箱を膝に載せて弟の俥は先きに立った。留守は弟の細君と、私の十四の倅と、知合いから来てもらった婆さんと、昨年の十一月父が出てきて二三日して産れた弟の男の赤んぼとの四人であった。出て行く私たちより留守する者たちの・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・用事に町へ行ったついでなどに、雑草をたくさん風呂敷へ入れて帰って来る。勝子が欲しがるので勝子にも頒けてやったりなどして、独りせっせとおしをかけいる。 勝子が彼女の写真帖を引き出して来て、彼のところへ持って来た。それを極まり悪そうにもしな・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・』『すっかり忘れていた、失敬失敬、それよりか君に見せたい物があるのだ、』と風呂敷に包んでその下をまた新聞紙で包んである、画板を取り出して、時田に渡した。時田は黙って見ていたが、『どこか見たような所だね、うまくできている。』『そら・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・彼女は、清吉の枕頭に来て、風呂敷包を拡げて見せた。 染め絣、モスリン、銘仙絣、肩掛、手袋、などがあった。「これ、品の羽織にしてやろうと思うて……」 と彼女は銘仙絣を取って清吉に見せた。「うむ。」「この縞は綿入れにしてやろ・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 家を出て二三町歩いてから持って出た脚絆を締め、団飯の風呂敷包みをおのが手作りの穿替えの草鞋と共に頸にかけて背負い、腰の周囲を軽くして、一ト筋の手拭は頬かぶり、一ト筋の手拭は左の手首に縛しつけ、内懐にはお浪にかつてもらった木綿財布に、い・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・俺は吸い残りのバットをふかしながら、捕かまるとき持っていた全財産の風呂敷包たった一つをぶら下げて入って行った。煙草も、このたった一本きりで、これから何年もの間モウのめないのだ! 晴れ上がった良い天気だった。 トロッコのレールが縦横に・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・学士は風呂敷包から古い杖まで忘れずに持って、上田行の汽車に乗り後れまいとした。 これと擦違いに越後の方からやって来た上り汽車がやがて汽笛の音を残して、東京を指して行って了った頃は、高瀬も塾の庭を帰って行った。周囲にはあたかも船が出た後の・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 蜜柑箱を墨で塗って、底へ丸い穴を開けたのへ、筒抜けの鑵詰の殻を嵌めて、それを踏台の上に乗せて、上から風呂敷をかけると、それが章坊の写真機である。「またみんなを玩具にするのかい」と小母さんが笑う。この細工は床屋の寅吉に泣きついて・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・それを、そっくり携帯した。そのほか、ふたりの着換えの着物ありったけ、嘉七のどてらと、かず枝の袷いちまい、帯二本、それだけしか残ってなかった。それを風呂敷に包み、かず枝がかかえて、夫婦が珍らしく肩をならべての外出であった。夫にはマントがなかっ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・ たいてい洋服で、それもスコッチの毛の摩れてなくなった鳶色の古背広、上にはおったインバネスも羊羹色に黄ばんで、右の手には犬の頭のすぐ取れる安ステッキをつき、柄にない海老茶色の風呂敷包みをかかえながら、左の手はポッケットに入れている。・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫