・・・ もう一つ参考になるのは、馬をギバの難から救う方法として、これが襲いかかった時に、半纏でも風呂敷でも莚でも、そういうものを馬の首からかぶせるといいということがある。もちろん、その上に、尾の上の背骨に針を打ち込んだりするそうであるが、この・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・お絹は幾折かの菓子を風呂敷に包みながら断わった。「何だかまだ忘れものがあるような気がしてならない」道太は立ちがけに、わざと繰り返した。 兄のところへ行くと、姉が悦び迎えて、「じつはお出でを願おうかと思っておりました。看護婦がちょ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・彼女は――頭髪に白いバラのかんざしをさして、赤い弁当風呂敷を胸におしつけている――それきりしか三吉には見定められなかった。「こっちがいいでしょう」 深水がベンチのちりをはらって、自分のとなりに彼女を腰かけさせ、まだつったっている三吉・・・ 徳永直 「白い道」
・・・初日の幕のあこうとする刻限、楽屋に行くと、その日は三社権現御祭礼の当日だったそうで、栄子はわたくしが二階の踊子部屋へ入るのを待ち、風呂敷に包んで持って来た強飯を竹の皮のまま、わたくしの前にひろげて、家のおっかさんが先生に上げてくれッていいま・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・荷物が図抜けて大きい時は一口に瞽女の荷物のようだといわれて居る其紺の大風呂敷を胸に結んで居る。大きな荷物は彼等が必ず携帯する自分の敷蒲団と枕とである。此も紺の袋へ入れた三味線が胴は荷物へ載せられて棹が右の肩から斜に突っ張って居る。彼等は皆大・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・大抵は鼠色のフラネルに風呂敷の切れ端のような襟飾を結んで済ましておられた。しかもその風呂敷に似た襟飾が時々胴着の胸から抜け出して風にひらひらするのを見受けた事があった。高等学校の教授が黒いガウンを着出したのはその頃からの事であるが、先生も当・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・大風呂敷ばッかし広げていて、まさかの時になると、いつでも逃げ出して二月ぐらい寄りつきもしないよ。あんなやつアありゃしないよ」「私しなんか、三カ日のうちにお客の的がまだ一人もないんだもの、本統にくさくさしッちまうよ」「二日の日だけでも・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・馬はボロボロ泣きだしました。 ホモイはあきれていましたが、馬があんまり泣くものですから、ついつりこまれてちょっと鼻がせらせらしました。馬は風呂敷ぐらいある浅黄のはんけちを出して涙をふいて申しました。 「あなた様は私どもの恩人でござい・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ 三七年の十二月三十一日の午後、私は、重い風呂敷包みを右手にかかえて、尾張町の角から有楽町の駅へむかって歩いていた。すると、いま、名を思い出せないけれども、ある新聞の学芸部の記者の人が、「やア、どうです」 近づいてきながら、大き・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・ 花房の背後に附いて来た定吉は、左の手で汗を拭きながら、提げて来た薬籠の風呂敷包を敷居の際に置いて、台所の先きの井戸へ駈けて行った。直ぐにきいきいと轆轤の軋る音、ざっざっと水を翻す音がする。 花房は暫く敷居の前に立って、内の様子を見・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫