・・・色の白い、優しい目をした、短い髭を生やしている、――そうさな、まあ一言にいえば、風流愛すべき好男子だろう。」「若槻峯太郎、俳号は青蓋じゃないか?」 わたしは横合いから口を挟んだ。その若槻という実業家とは、わたしもつい四五日前、一しょ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・「あの頃の大川の夕景色は、たとい昔の風流には及ばなかったかも知れませんが、それでもなお、どこか浮世絵じみた美しさが残っていたものです。現にその日も万八の下を大川筋へ出て見ますと、大きく墨をなすったような両国橋の欄干が、仲秋のかすかな夕明・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 恐しい鼻呼吸じゃあないか、荷車に積んだ植木鉢の中に突込むようにして桔梗を嗅ぐのよ。 風流気はないが秋草が可哀そうで見ていられない。私は見返もしないで、さっさとこっちへ通抜けて来たんだが、何だあれは。」といいながらも判事は眉根を寄せ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「御風流でがんす、お楽みでや。」「いや、とんでもない……波は荒れるし。」「おお。」「雨は降るし。」「ほう。」「やっと、お天気になったのが、仙台からこっちでね、いや、馬鹿々々しく、皈って来た途中ですよ。」 成程、馬・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・本家は風流に隠れてしまったが、分家は今でも馬喰町に繁昌している。地震の火事で丸焼けとなったが、再興して依然町内の老舗の暖簾といわれおる。 椿岳の米三郎は早くから絵事に志ざした風流人であって、算盤を弾いて身代を肥やす商売人肌ではなかった。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・この絢尭斎というは文雅風流を以て聞えた著名の殿様であったが、頗る頑固な旧弊人で、洋医の薬が大嫌いで毎日持薬に漢方薬を用いていた。この煎薬を調進するのが緑雨のお父さんの役目で、そのための薬味箪笥が自宅に備えてあった。その薬味箪笥を置いた六畳敷・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 蛍の風流もいい。しかし、風流などというものはあわてて雑文の材料にすべきものではない。大の男が書くのである。いっそ蛍を飛ばすなら、祇園、先斗町の帰り、木屋町を流れる高瀬川の上を飛ぶ蛍火や、高台寺の樹の間を縫うて、流れ星のように、いや人魂・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ と楓が追いつくと、さすがに風流男の気取りを、佐助はいち早く取り戻して、怪しげな七五調まじりに、「楓どの、佐助は信州にかくれもなきたわけ者。天下無類の愚か者。それがしは、今日今宵この刻まで、人並、いやせめては月並みの、面相をもった顔・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・君のいう魔法使いの婆さんとは違った、風流な愛とか人道とか慈くしむとか云ってるから悉くこれ慈悲忍辱の士君子かなんぞと考えたら、飛んだ大間違いというもんだよ。このことだけは君もよく/\腹に入れてかゝらないと、本当に君という人は吾々の周囲から、…・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・繁盛ゆえ、かいなき茶店ながらも利得は積んで山林田畑の幾町歩は内々できていそうに思わるれど、ここの主人に一つの癖あり、とかく塩浜に手を出したがり餅でもうけた金を塩の方で失くすという始末、俳諧の一つもやる風流気はありながら店にすわっていて塩焼く・・・ 国木田独歩 「置土産」
出典:青空文庫