・・・こうした工事が天然の風致を破壊するといって慨嘆する人もあるようであるが自分などは必ずしもそうとばかりは思わない。深山幽谷の中に置かれた発電所は、われわれの眼にはやはりその環境にぴったりはまってザハリッヒな美しさを見せている。例えば悪趣味で人・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・景色や風致がどうであるというのではなくて、何かしら学術上の研究資料の供給所として、あるいは一つの実験用水槽として保存してほしいのである。 ついでながら、あの池の成り立ちについても問題がある。ある人の話では、元来あすこに泉があったのを、前・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・而シテ旧時ノ風致全ク索ク矣。」と言っている。雅談の成った年は其序によって按ずれば癸未暮春である。また巻尾につけられた依田学海の跋を見れば明治十九年二月としてある。 香亭雅談には又江戸時代の文人にして不忍池畔に居を卜したものの名を挙げて下・・・ 永井荷風 「上野」
・・・しかしこの堂宇は改築されて今では風致に乏しいものとなり、崖の周囲に茂っていた老樹もなくなり、岡の上に立っていた戸田茂睡の古碑も震災に砕かれたまま取除けられてしまったので、今日では今戸橋からこの岡を仰いで、「切凧の夕越え行くや待乳山」の句を思・・・ 永井荷風 「水のながれ」
・・・とにかく隅田川両岸の光景は遠からずして全く一変し、徃昔の風致は遂に前代の絵画文学について見るの外全く想像しがたきものとなってしまうのである。 隅田川に関する既徃の文献は幸にして甚豊富である。しかし疎懶なるわたくしは今日の所いまだその蒐集・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・このうちから東洋にのみあって、西洋の美術には見出し得べからざる特長を観得する事が出来るならば、たといその特長が全体にわたらざる一種の風致にせよ、観得し得ただけそれだけその人の過去を偉大ならしむる訳である。従ってその人の将来をそれだけインスパ・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・塔中四辺の風致景物を今少し精細に写す方が読者に塔その物を紹介してその地を踏ましむる思いを自然に引き起させる上において必要な条件とは気がついているが、何分かかる文を草する目的で遊覧した訳ではないし、かつ年月が経過しているから判然たる景色が・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ただしその品行の厳と風致の正雅とに至ては、未だ昔日の上士に及ばざるもの尠なからずといえども、概してこれを見れば品行の上進といわざるを得ず。 これに反して上士は古より藩中無敵の好地位を占るが為に、漸次に惰弱に陥るは必然の勢、二、三十年以来・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・家屋庭園の装飾はただちに我が形体の寒熱痛痒に感ずるに非ざれども、精神の風致を慰るの具にして、戸外の社会に交りてその社会の美を観るもまた、我が精神の情を慰めて愉快を覚えしむるの術なり。 現に今日の人間交際を見るに、いかなる人にても、交を求・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・帳合の法を知らずして商売する者は、道を知らずして道を歩行する人の如し。風致もなく快楽もなきのみならず、あるいは行過ぎ、あるいは回り道して、事実に大なる損亡を蒙る者なきに非ず。一身一家の不始末はしばらくさしおき、これを公に論じても、税の収納、・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
出典:青空文庫