・・・同時にまた脚は――と言うよりもズボンはちょうどゴム風船のしなびたようにへなへなと床の上へ下りた。「よろしい。よろしい。どうにかして上げますから。」 年とった支那人はこう言った後、まだ余憤の消えないように若い下役へ話しかけた。「こ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 二三 ダアク一座 僕は当時回向院の境内にいろいろの見世物を見たものである。風船乗り、大蛇、鬼の首、なんとか言う西洋人が非常に高い桿の上からとんぼを切って落ちて見せるもの、――数え立てていれば際限はない。しかしいちば・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・そう云う時は、ただでさえ小さな先生の体が、まるで空気の抜けた護謨風船のように、意気地なく縮み上って、椅子から垂れている両足さえ、ぶらりと宙に浮びそうな心もちがした。それをまた生徒の方では、面白い事にして、くすくす笑う。そうして二三度先生が訳・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・丹波鬼灯、海酸漿は手水鉢の傍、大きな百日紅の樹の下に風船屋などと、よき所に陣を敷いたが、鳥居外のは、気まぐれに山から出て来た、もの売で。―― 売るのは果もの類。桃は遅い。小さな梨、粒林檎、栗は生のまま……うでたのは、甘藷とともに店が違う・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・軽焼の後身の風船霰でさえこの頃は忘られてるので、場末の駄菓子屋にだって滅多に軽焼を見掛けない。が、昔は江戸の名物の一つとして頗る賞翫されたものだ。 軽焼は本と南蛮渡りらしい。通称丸山軽焼と呼んでるのは初めは長崎の丸山の名物であったのが後・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・来て見れば予期以上にいよいよ幻滅を感じて、案外与しやすい独活の大木だとも思い、あるいは箍の弛んだ桶、穴の明いた風船玉のような民族だと愛想を尽かしてしまうかも解らない。当座の中こそ訪問や見物に忙がしく、夙昔の志望たる日露の問題に気焔を吐きもし・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・屋台に結んだ風船玉は空に漂い、また、立てた小旗が風に吹かれていました。そこへ五つ六つの子供が三、四人集まって、あめを買っていました。 頭の上には、花が散って、ひらひらと風に舞っていました。・・・ 小川未明 「犬と人と花」
・・・赤い風船球を売っているのや、あめ屋や、またおもちゃなどを売っているのが目にはいりました。 あや子はそれらの前を通りぬけて、にぎやかなところから、すこしさびしい裏通りに出ようとしますと、そこにも一人のおばあさんが店を出していました。やはり・・・ 小川未明 「海ほおずき」
・・・悦気面に満ちて四百五百と入り揚げたトドの詰りを秋子は見届けしからば御免と山水と申す長者のもとへ一応の照会もなく引き取られしより俊雄は瓦斯を離れた風船乗り天を仰いで吹っかける冷酒五臓六腑へ浸み渡りたり それつらつらいろは四十七文字を按ずる・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・南側の壁には、紙の風船玉がひとつ、くっついていた。それがすぐ私の頭のうえにあるのである。腹の立つほど、調和がなかった。三つのテエブルと十脚の椅子。中央にストオヴ。土間は板張りであった。私はこのカフェでは、とうてい落ちつけないことを知っていた・・・ 太宰治 「逆行」
出典:青空文庫