・・・豊吉はこれに飛び乗るや、纜を解いて、棹を立てた。昔の河遊びの手練がまだのこっていて、船はするすると河心に出た。 遠く河すそをながむれば、月の色の隈なきにつれて、河霧夢のごとく淡く水面に浮かんでいる。豊吉はこれを望んで棹を振るった。船いよ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ 僕の飛び乗るが早いか、小舟は入り江のほうへと下りはじめた。 入り江に近づくにつれて川幅次第に広く、月は川づらにその清光をひたし、左右の堤は次第に遠ざかり、顧みれば川上はすでに靄にかくれて、舟はいつしか入り江にはいっているのである。・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ それでともかくも、全く顧慮なしにいつでも来かかった最初の電車に飛び乗る人にとっては、すいたのにうまく行き会う機会が少なくて、込んだのに乗る機会が著しく多い。そういう経験の記憶が自然に人々の頭にしみ込む。おそらく込み合っていた多数の場合・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・ 翌日の午後彼が大学正門を出て大急ぎで円タクに飛び乗ると、なんと思い違えたものか車掌がいきなり「どちらが勝ちましたか」と聞くのであった。しかしそれが当然その日の早慶野球第三回戦に関する問いであることが、車掌にも彼にも自明的であったほ・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・モスクァを立つときはステーションが間違って本当に自分の汽車の出るステーションへついたらもう出るばかり、ほとんど飛び乗るようにしてやっとニージニーノブゴロドまで来ました。それからヴォルガの船です。この旅行は当りました。ロシヤへ来てから本当に楽・・・ 宮本百合子 「ロシアの旅より」
出典:青空文庫