・・・顔にふるる芭蕉涼しや籐の寝椅子涼しさや蚊帳の中より和歌の浦水盤に雲呼ぶ石の影涼し夕立や蟹這い上る簀の子縁したたりは歯朶に飛び散る清水かな満潮や涼んでおれば月が出る 日本固有の涼しさを十七字に結晶さ・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・竹構の中は殊更に、吹込む雪の上を無惨に飛散るの羽ばかりが、一点二点、真赤な血の滴りさえ認められた。「御前、訳ア御わせん。雪の上に足痕がついて居やす。足痕をつけて行きゃア、篠田の森ア、直ぐと突止めまさあ。去年中から、へーえ、お庭の崖に居た・・・ 永井荷風 「狐」
・・・崖の下り口に立つ松の間の、楓は、その紅葉が今では汚い枯葉になって、紛々として飛び散る。縁先の敷石の上に置いた盆栽のには一二枚の葉が血のように紅葉したまま残って居た。父が書斎の丸窓外に、八手の葉は墨より黒く、玉の様な其の花は蒼白く輝き、南天の・・・ 永井荷風 「狐」
・・・籠の底に飛び散る粟の数は幾粒だか分らない。それでも餌壺だけは寂然として静かである。重いものである。餌壺の直径は一寸五分ほどだと思う。 自分はそっと書斎へ帰って淋しくペンを紙の上に走らしていた。縁側では文鳥がちちと鳴く。折々は千代千代とも・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・肉は飛び散る。お前はそれ等の血と肉とを、バケット・コンベヤーで、運び上げ、啜り啖い、轢殺車は地響き立てながら地上を席捲する。 かくて、地上には無限に肥った一人の成人と、蒼空まで聳える轢殺車一台とが残るのか。 そうだろうか! そう・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・私はじいっと眼を据えて白い粉雪の飛びかかる四角い処を見て居るうちに段々その四角がひろがって行き、飛び散る白いものも多くなり、それにつれて戸の鳴る音さえ、ガンガーン、ガンガーンと次第に調子をたかめて行って、はてしもなく高く騒々しくなって行く音・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫