・・・その私の旅行というのは、人が時空と因果の外に飛翔し得る唯一の瞬間、即ちあの夢と現実との境界線を巧みに利用し、主観の構成する自由な世界に遊ぶのである。と言ってしまえば、もはやこの上、私の秘密について多く語る必要はないであろう。ただ私の場合は、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・人間の裡に在るべき叡智のよりよき、より自由なる発動の為に、飛翔の為に、其の機会を多数に、多種に拡張し保護する権能が要求されるのでございます。私共は其の道程にのみ終始するべきではございません。使用すべき権能に使用されてはなりません。如何程鋭利・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・麗わしい晩春の日とともに軽々と高く飛翔した私の心は今 水のように地下に滲み入り生えようとする作品の根を潤おす。 *わが芸術のことを思いその孤独さを思うと私は 朗らかな天を仰がずには居られな・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・』小倉金之助さんの、『家計の数学』山の好きな方に、チンダル『アルプスの旅より』又は『アルプスの氷河』など興味あるでしょうし、女の活動面が新しく展かれてゆく一つの姿としてアメリカのイヤハート夫人『最後の飛翔』も心にのこる本です。 読書でも・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・ かように、彼女が近くへよって、よく視ようとした偉い人々は、却って広さと遠さの無限のうちへ飛翔してしまったけれども、まったく不思議なことには、何か偉大な魂を感じ得るものが彼女に遺されたのである。それが、感情の一部分なのか、理性の一面なの・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 天心たかく――まぶたひたと瞑ぢて――まぶたひたと瞑ぢて―― 無我の瞬時、魂は自由な飛翔をすると思う。其時に「人」はよくなる。生きる霊魂には斯ういう忘我がなければならない。小細工に理窟で修繕するのではない根からすっかり洗われるのだ。・・・ 宮本百合子 「追慕」
・・・の、若鷲の誇高き飛翔を描き「日影にうつる雲さして行へもしれず飛ぶやかなたへ」という和歌の措辞法を巧に転化させた結びで技巧の老巧さをも示しているのであるが、「春やいづこ」にしろ、やはり『若菜集』に集められた詩と同じく、自然は作者の主観的な感懐・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・五ヵ月後、彼が遂に死んだ時も、母はこの濁世に生きるには余り清純であった息子の霊界への飛翔という風に、現実の敗北を粉飾してその心にうけとったのであった。 その時十三ばかりの少女であった妹は、自分も自殺したら母が少しは可愛がってくれるように・・・ 宮本百合子 「母」
・・・高く、広く、輝かしく飛翔せんと欲する自我、人間性は、ロマンチシズムの焔に照らされて、通人の妥協的屈服的世界観を拒絶したのであった。 続いて藤村によって「誰か旧き生涯に安んぜんとするものぞ。おのがじし新しきを開かんと思へるぞ、若き人々のつ・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
出典:青空文庫