・・・私は慄るい上って縁がわから飛び下り、一目散に飯塚の家から駈け出しました。 それからというものは決して飯塚に参りません、おさよに途で逢っても逃げ出しました。おさよは私の逃げ出すのを見ていつもただ笑っていましたから、私はなおおさよが自分を欺・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・』 膝の猫がびっくりして飛び下りた。『ばか! 貴様に言ったのじゃないわ。』 猫はあわてて厨房の方へ駆けていってしまった。柱時計がゆるやかに八時を打った。『お婆さん、吉蔵が眠そうにしているじゃあないか、早く被中炉を入れてやって・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ こう言ってしきりにとめましたが、ウイリイはほしくて/\たまらないものですから、馬のいうことを聞かないで、とうとう飛び下りてひろいました。すると、その一本だけでなく、ついでに前のもみんなひろっていきたくなりました。ウイリイはわざわざ後も・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ギンはいきなりざぶりと水の中へ飛び下りてむかいにいきました。 女は今日はギンがさし出したパンを、ほほえみながらうけとって、ギンと一しょに岸へ上りました。ギンはそのときに、女の右の靴のひものむすびかたが、左のとちがっているのをちらと目にと・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・ と連呼し、やがて、ジャンジャンジャンというまことに異様な物音が内から聞え、それは婆が金盥を打ち鳴らしているのだという事が後でわかりましたが、私は身の毛のよだつほどの恐怖におそわれ、屋根から飛び降りて逃げようとしたとたんに、女房たちの騒ぎを・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・騒ぐな、騒ぐな、と息をつめたような声で言ってから、庭へ飛び降り小石を拾い、はっしとぶっつけた。狆の頭部に命中した。きゃんと一声するどく鳴いてから狆の白い小さいからだがくるくると独楽のように廻って、ぱたとたおれた。死んだのである。雨戸をしめて・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・こないだ電車から飛び下りておれのわざと忘れて置いた包みを持って来てくれて、自分の名刺をくれた男である。 おれはそいつのふくらんだ腹を見て、ポッケットに入れていたナイフを出してそのナイフに付いていた十二本の刃を十二本ともそいつの腹へずぶり・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・そうしてまた実に驚くべく非科学的なる市民、逆上したる街頭の市民傍観者のある者が、物理学も生理学もいっさい無視した五階飛び降りを激励するようなことがなかったら、あたら美しい青春の花のつぼみを舗道の石畳に散らすような惨事もなくて済んだであろう。・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・なんとなく直感的にその幕の中には人が死んでいそうな気がしたが、夕刊を見るとやっぱり飛び降り自殺であった。あまり珍しくないそれであった。 それから数日後にまた同じ屋上庭園から今度は少しばかり前とちがって建物の反対側へ飛んだ女があった。そう・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・ しかし、犬は素早く畑を飛び出すと、畑のくろをめぐって、下の畑へ飛び下りた。そしてこれも顔を赤くホテらした断髪の娘は、土堤から畑の中へ飛び下りると、其処此処の嫌いなく、麦の芽を、踏みしだきながら、喚めいた。「チロルや、チロルや」・・・ 徳永直 「麦の芽」
出典:青空文庫