・・・その間に時は用捨なく移って、やがて夕暮の色と共に、棗の実を食み落す鴉の声が、寂しく空に響くようになった。喜三郎は気を揉んで、甚太夫の側へ寄ると、「一そ恩地の屋敷の外へ参って居りましょうか。」と囁いた。が、甚太夫は頭を振って、許す気色も見せな・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・来て見れば乳牛の近くに若者たちもいず、わが乳牛は多くは安臥して食み返しをやっておった。 何事をするも明日の事、今夜はこれでと思いながら、主なき家の有様も一見したく、自分は再び猛然水に投じた。道路よりも少しく低いわが家の門内に入ると足が地・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・床の横の押入から、赤い縮緬の帯上げのようなものが少しばかり食みだしている。ちょっと引っ張ってみるとすうと出る。どこまで出るかと続けて引っ張るとすらすらとすっかり出る。 自分はそれをいくつにも畳んでみたり、手の甲へ巻きつけたりしていじくる・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・やむなく食みし 将軍のかがやきわたる 勲章とひかりまばゆき エボレットそのまがつみは 録されぬ。あわれ二人の つわものは責に死なんと したりしにこのとき雲の かなたより神ははるかに みそなわしくだ・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・われらこの美しき世界の中にパンを食み羊毛と麻と木綿とを着、セルリイと蕪菁とを食み又豚と鮭とをたべる。すべてこれ摂理である。み恵みである。善である。どうです諸君。ご異議がありますか。」 博士は今度は少し心配そうに顔色を悪くしてそっと式場を・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫