・・・どんな事があっても――そう一心に思いつめながら、………… 二 翌日の朝洋一は父と茶の間の食卓に向った。食卓の上には、昨夜泊った叔母の茶碗も伏せてあった。が、叔母は看護婦が、長い身じまいをすませる間、母の側へその・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・と、大アルメニアの大僧正が、セント・アルバンスを訪れた時に、通訳の騎士が大僧正はアルメニアで屡々「さまよえる猶太人」と食卓を共にした事があると云ったそうである。次いでは、フランドルの歴史家、フィリップ・ムスクが千二百四十二年に書いた、韻文の・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・――もっと深入した事は、見たまえ、ほっとした草臥れた態で、真中に三方から取巻いた食卓の上には、茶道具の左右に、真新しい、擂粉木、および杓子となんいう、世の宝貝の中に、最も興がった剽軽ものが揃って乗っていて、これに目鼻のつかないのが可訝いくら・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・予は未だ欧洲人に知人もなく、従て彼等の食卓に列した経験もないので其真相を知り居らぬが、種々な方面より知り得たる処では、吾国の茶の湯と其精神酷だ相似たるを発見するのである、それはさもあるべき事であろう、何ぜなれば同じ食事のことであるから其興味・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・父と三児は向かい合わせに食卓についた。お児は四つでも箸持つことは、まだほんとうでない。少し見ないと左手に箸を持つ。またお箸の手が違ったよといえば、すぐ右に直すけれど、少しするとまた左に持つ。しばしば注意して右に持たせるくらいであるから、飯も・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・これは数年前、故和田雲邨翁が新収稀覯書の展覧を兼ねて少数知人を招宴した時の食卓での対談であった。これが鴎外と款語した最後で、それから後は懸違って一度も会わなかったから、この一場の偶談は殊に感慨が深い。 私が鴎外と最も親しくしたのは小・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・小さな机兼食卓の上には、鞄の中から、出された外国の小説と旅行案内と新聞が載っている。私は、此の室の中で、独り臥たり、起きたり、瞑想に耽ったり、本を読んだりした。朝寒いので、床の中に入っていたけれど、朝起きの癖がついているので眤としていられな・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
土曜日の晩でありました。 お兄さんも、お姉さんも、お母さんも、食卓のまわりで、いろいろのお話をして、笑っていらしたときに、いちばん小さい政ちゃんが、「ぼく、きょうペスを見たよ。」と、ふいに、いいました。 すると、みんなは、・・・ 小川未明 「ペスをさがしに」
・・・見廻わすと、桂のほかに四五名の労働者らしい男がいて、長い食卓に着いて、飯を食う者、酒を呑むもの、ことのほか静粛である。二人差向いで卓に倚るや「僕は三度三度ここで飯を食うのだ」と桂は平気でいって「君は何を食うか。何でもできるよ」「何で・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ことに子どもの幼いときに、故意に、不自然に教育的なのはよくない。食卓でいちいち合掌させて食事をさせるというようなのは私は好まない。「おいたはおよし」と母親が叱っても、茶碗を引っくり返すくらいなところもないと母のなつかしみはつくまい。人間とし・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
出典:青空文庫