・・・ お酌はこの方が、けっく飲める。 夜は長い、雪はしんしんと降り出した。床を取ってから、酒をもう一度、その勢いでぐっすり寝よう。晩飯はいい加減で膳を下げた。 跫音が入り乱れる。ばたばたと廊下へ続くと、洗面所の方へ落ち合ったらしい。・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ しかし、私たちは、そんな珈琲を味うまえにまず、「こんな珈琲が飲める世の中になったのか、しかし、どうして、こんな珈琲の原料が手にはいるんだろう」 と驚くばかりである。 といって、いたずらに驚いておれば、もはや今日の大阪の闇市・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・が、世間の人は、酒が飲めるということを、しあわせの規準にしているのか、「好きなものを、いやという程飲んだから、思い残しはないだろう」 と、いうような慰め方をしていた。 棺桶の中にも酒をつめた瓢箪が入れられた。「この酒も入れて・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ 成程手も挙げられる、吸筒も開けられる、水も飲めることは飲めもするが、この重い動かぬ体を動かすことは? いや出来ようが出来まいが、何でも角でも動かねばならぬ、仮令少しずつでも、一時間によし半歩ずつでも。 で、弥移居を始めてこれに一朝全潰・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・なれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困るとの若連中の勧告もありて、何はなくとも地酒一杯飲めるようにせしはツイ近ごろの事なりと。・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・「太郎さんもすこしは飲めるように、なりましたろうか。」と、私は半分串談のように。「えゝ、太郎さんは強い。」それが森さんの返事だった。「いくら飲んでも太郎さんの酔ったところを見た事がない。」 その時、私は森さんから返った盃を太郎の・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「私も小諸へ来ましてから、いくらかお酒が飲めるように成りました」「でしょう。一体にこの辺の人は強酒です。どうしても寒い国の故でしょうネ。これで塾では誰が強いか。正木さんも強いナ」 高瀬は酒が欲しくないと言って唯話相手に成っていた・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・早くよくなって、また二、三合の酒を飲めるようになりたいと思います。お酒を飲まないと、夜、寝てから淋しくてたまりません。地の底から遠く幽かに、けれどもたしかに誰かの切実の泣き声が聞えて来て、おそろしいのです。 そのほか私の日常生活に於いて・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・これで、とにかく一本は飲める。けれども、おやじは無慈悲である。しわがれたる声をして、「豚の煮込みもあるよ。」「なに、豚の煮込み?」老紳士は莞爾と笑って、「待っていました。」と言う。けれども内心は閉口している。老紳士は歯をわるくしてい・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・ 丸山君は、それからも、私のところへ時々、速達をよこしたり、またご自身迎えに来てくれたりして、おいしいお酒をたくさん飲めるさまざまの場所へ案内した。次第に東京の空襲がはげしくなったが、丸山君の酒席のその招待は変る事なく続き、そうして私は・・・ 太宰治 「酒の追憶」
出典:青空文庫